08.背中




 翌日、ヒナタの熱は大分下がってきたようだったので、これ以上は百鬼の国にお世話になることも出来ないと、それぞれが身支度を整える。

 今度木ノ葉隠れの里に遊びに行くと酔狂なことを言う若と姫に、周りが大いに慌てたが、百鬼の国の国王が笑いながら「ワシも行くかのぅ」と乗り気であったが故、止めるのは無理だと判断した家臣たちが妙に諦めの境地を悟った顔をしていたのは、見ていて哀愁を誘う。

 まったくもって、哀れの一言である。

 氷雪の姫はいつまでも名残惜しそうにヒナタの傍で話をしており、その隣に百鬼の国の若も陣取ってなにやら話しかけていた。

 その姿を視野に納めつつも、ナルトは帰りの為の荷物を詰め込み、若の部下が準備してくれた食料をありがたく頂戴した。

 動けないヒナタはそのままに、カカシをはじめ、他のメンバーが荷造りをしている中、興味深げに見ていた若は、ナルトと視線が合うと、楽しげにヒナタに話しかける。

(……わざとかよ)

 ナルトはどんどん不機嫌になっていく己自信を、何とかセーブしつつも、手元は段々乱暴になっているのに気づかず忍具を確認した。

(ヒナタも、アイツと楽しそうに話してんじゃねーよ……ったく……まだ、熱あるくせに、無理しやがって)

 昨日よりは下がったといえど、まだ動ける範囲ではないのだが、それをひた隠して動こうとするヒナタに折れて一同は木ノ葉を目指すことにしたのだが、ナルトは心配でならない。

 高熱に加えて、昨日よりやはり赤黒くなっている傷口。

 今朝、口付けした時の唇の熱さ。

 どれをとっても、不安材料でしかなく、安心など出来ようハズも無い。

 大切な彼女の容態は、どんどん悪くなっていっているのではないだろうかと、密かに危惧していた。

 粗方チェックが終わった後、ナルトはソッとヒナタのもとへと訪れる。

「準備は出来たかい」

「おう、世話になっちまったな」

「気にすんじゃねぇよ。また来な、お前たちなら大歓迎だ」

「そん時には、連絡するってばよ」

 右拳を前へ突き出しコツンと互いに軽く叩き合わせると、ナルトと若は笑い合う。

 ヒナタと姫は最後まで名残惜しげに話をし、再会の約束をして離れた。

 カカシを先頭に、サクラとサイ、シノ、キバ、赤丸、ヤマトと走り出したのを見て、ナルトもそれに続くべくヒナタに歩み寄ったところで、百鬼の国の若に声をかけられる。

「ナルト」

 呼ばれて振り向けば、何か袋が飛んでくるのが見え、ナルトはそれを反射的に受け取ると、百鬼の国の若はニヤリと笑って見せた。

「ソレやるよ。有効に使いな」

「何だコレ」

「帰ってからのお楽しみだ。説明書は中に入ってる、お前とヒナタにやるから、大事にしろよ」

「おう、ありがとうな」

「ありがとうございます」

 意味ありげに笑う百鬼の国の若に、ナルトは頷いて見せてから礼を言うと、ヒナタに背を向けてしゃがみ込んだ。

「ほら、ヒナタ」

「えっと……そ、その……」

 背に負ぶされと言っているのだろうとわかってはいるのだが、ヒナタは躊躇ってしまう。

 身体が密着するのもそうだが、何より重いのに……と、年頃の女の子らしい発想で二の足を踏んでいるようであった。

 頬を染めてもじもじしているその様に、ナルトだけでなく、若や姫までも苦笑を浮かべる。

「影分身の術!」

 このままでは埒が明かないと判断したナルトは、影分身を発動させ指示を与えると、心得たとばかりに動き出す。

 影分身のナルトは、ゆっくりとヒナタに近づき、キョトンとしているヒナタの背後にするりと回りこむと問答無用で背後から抱え上げ、本体のナルトの背に乗せた。

「な、ナルトくんっ」

「ったく、遠慮すんじゃねーよ」

「こういう時は甘えろってば」

 二人のナルトにそう言われて、ヒナタは真っ赤になりながらもオロオロと助けを求めるように、姫と若を見る。

 視線を受けて、二人は笑いながらヒラヒラと手を振って、助ける気などないと意思表示して見せた。

(は、恥かしい……)

 真っ赤になったヒナタを背負い、立ち上がったナルトは、影分身のナルトが荷物を持ち走り出すのを見てから、その後ろを負う。

「んじゃ、またなーっ!」

「お、お世話になりましたっ!」

「おう、また来いよ」

「またきてくださいねーっ!」

 仲睦まじい若と姫に見送られ、ナルトが少し先に歩いていた仲間たちと合流し、ナルトたちの姿が見えなくなるまで揃って見送ってくれている二人に最後に大きく手を振ると、それぞれ森の中へと入っていった。

(ナルトくんの背中って……広いんだ……すごく安心する……)

 とくりと心臓が音を立てるのを聞かれはしまいかと不安になりながらも、広くてどこか優しくあたたかい背中に、うっとりと身を寄せて、ヒナタは目を閉じる。

(男の人の背中……しっかりと筋肉もついているのにしなやかで……凄くドキドキする)

 密着している分、ナルトの匂いを感じるし、体温を感じれば朝された抱擁と口付けを思い出す。

 わずかに頬を染めつつも、目を開けば、風景がどんどん飛んでいくように見えてしまう。

(すごく……速い……体力で追いつけるなんて思っていないけど……でも、凄いなぁ)

 ヒナタを背負っているとは思えないスピードで、ヒョイヒョイ軽やかに木々を渡るナルト。

 大事なヒナタを落とさないように、細心の注意を払いつつ移動していることに気づいているのは上忍二人のみ。

 細い木の枝は避け、太くてしっかりした枝のみを選び、飛び越えていく。

 体のバランスを崩さぬように、小さな枝がヒナタの肌に触れないように、少しの衝撃も与えたくないとでも言うようなその体運びに、カカシもヤマトも言葉すら出なくなる。

(お前にとってヒナタはそれだけ大事ってことか……)

 口元に笑みを浮かべながら走るカカシに、ヤマトも目配せして笑みを浮かべる。

 そんな上忍二人の様子など知らずに、キバとナルトが軽口を叩き合っていた。

 体力馬鹿だと散々キバにからかわれながらも、ナルトはそれを軽くあしらいつつ背にあるぬくもりを感じ、嬉しくなる。

 しかし、次の瞬間、ナルトは硬直してしまいそうになり、慌てて平静を装う。

 身体を居心地のいいようにずらしたヒナタの肢体の柔らかさが、ダイレクトに背に伝わり、首筋にかかる吐息や、小さく漏れた声に心臓が高鳴った。

(う、うわぁ……な、なんつー柔らかさ……て、オイオイ……)

 背中に感じる胸の柔らかさには、極力意識を向けないように必死になりながらも、枝を思い切り蹴る。

 そうすると、小さく「ひゃっ」と驚いたような声が聞こえ、ナルトは慌てて速度を落とす。

「あ、すまねー」

「う、ううん……本当はもっと早いんだね」

「へへ……でもさ、ヒナタが息詰まったら困るしな」

「あ、ありがとう……」

 熱っぽい吐息と共にかけられる声は、正直色々と男として駆り立てられるものがあるのだが、そこは理性で抑えてみせる。

 こんなところで本能のままっていうのも、ありえない。

「少し眠ってもいいってばよ?」

「でも……」

「いいから、眠れ……それとも、オレが信用ならねェ?」

 悪戯っぽく顔を少し後ろへ傾け見ると、ヒナタの驚いた目とかち合う。

 すると、ヒナタは慌てて首を振って否定した。

「そ、そんなことっ」

 そんな返答は予測済みだったナルトは、簡潔に言い放つ。

 ただ、心配なのだ。

 言外にそう言っている瞳は、ヒナタの瞳を捉えたままである。

「じゃぁ、眠れ」

 そんなナルトの心情を感じ取ったのか、ヒナタは申し訳なさそうな様子で唇を結ぶと、暫く考えてからゆっくりと頷いた。

「う、うん……ありがとう」

「ああ」

 柔らかく微笑むナルトに礼を言いながら、ヒナタはソッとナルトの首に腕を回し、寝やすい場所を探すかのように頭の位置を少しずらす。

 ナルトの大きな背中に身を預け自らの左腕に額を乗せ、発熱しているため熱くなった吐息をつき、ゆっくりとその目を閉じた。

 暫くして柔らかい寝息が聞こえてきたのを確認したナルトは、少し顔を傾けヒナタの頭に頬を載せる。

 普段少しひんやりする彼女の肌は、今日ばかりは熱く、火照った感じを頬に伝えてくれた。

「ったく、無茶しすぎだってーの」

 そこで今まで黙っていたキバが、不思議そうに声をかける。

「何かお前、ヒナタにずいぶんと優しいじゃねーか」

 キバの問いに、ナルトはチラリと視線をやっただけで答える気は無いようだ。

 そんなナルトの態度に疑問を持ったのは、何もキバだけではない。

 サクラも不思議そうに首を傾げて見せ、口を開こうとするがそれより早く、サイが声を出した。

「ヒナタさんの足、色は昨日より悪いですね」

「ああ、なんつーか……色だけ見てると不安だってばよ」

「熱も少し下がっただけだし……」

 サクラはジッとヒナタの方を見て、不安げに呟けば、シノが小さく呟く。

「ヒナタは痛みに慣れるのが早い……ソレが影響していなければいいが……」

 シノの言葉に、ピクリと反応を返したナルトは、影分身の方を見る。

 それを受けて、影分身のナルトがシノに近づき、詳しく説明してくれと催促してみせれば、シノはナルトが尋ねてくるのが分かっていたのだろう、大した反応も返さぬまま、今まで同じ班で経験した任務の中で怪我をしても時間がたてば痛みを忘れ動く傾向がある例を、いくつか上げて説明した。

 キバはあまり気にしていない様子だったが、シノはシノで心配している様子であった。

 それを暫し、渋い顔で聞いていたナルトはため息をつく。

「今回もソレじゃなきゃいいな……」

 ナルトの呟きを聞きながら、一行は木ノ葉の里への道のりを急ぐのであった。






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