氷炎、湖面に浮く。 | ナノ


新調の手袋をキュ、と締め髪の毛をしっかりとキャスケットの中に入れる。そしてつい先日届いたガンマ団士官学校の制服を身に包み、もう一度姿見で自分自身を視た。
髪の毛を垂らしていない自分の姿は完璧に男の子、というわけではないが、女とも見分けられないような格好だ。これなら大丈夫だろう。多分、きっと、おそらく。

「○○。着替えは終わったか。そろそろ出発の時間だ」

「あっ師匠さん!すみません」

扉を叩く音と同時に師匠さんの声が聞こえる。時計を確認すると7時を回ったところだった。ここから士官学校まで1時間くらいはかかるだろうか、早くしないと初日から遅刻してしまう。それだけは避けたい。私はキャスケットを深くかぶりカバンを持ち扉を開けた。

「急げ、アラシヤマはもう外にいるぞ」

「はいっ…あ、師匠さん!実は、渡したい物が…」

私の先を行く師匠さんを呼び止め左手に握っていたものを師匠さんの前に出した。キラリ、と赤い蝶々といくつかの淡い色の花が揺れた。

「…なんだこれは」

「あの、師匠さんをイメージして作ったストラップです。今までお世話になったお礼にと…」

そう言うと師匠さんは少し目を開いたがすぐに顔をしかめた。やはり迷惑だっただろうか。しかめ面のまま何も言わない師匠さんにふつふつと不安と焦燥感がわいてくる。

「あ、あの…迷惑、でしたか…?」

「………、フン、最近コソコソと変なことをしていると思ったらこんなくだらないことをしていたのか。
……これは受け取ってやろう…士官学校では、こんな腑抜けた事をするのではないぞ」

師匠さんは私の手から奪うようにストラップを手に取るとそれをポケットに入れ、急ぐぞ、と言い踵を返した。
つかつかと前を歩く師匠さんの耳が少しだけ赤いように見えたと言うときっと怒るだろうから、気のせいだということにしておこう。これは彼なりの優しさなのだろう。私の口元は気づけば情けなく緩んでいた。



「はぁーあのお師匠はんが……わてがやっても絶対燃やされてしまいやわ…ほんま○○ちゃんには甘おすなぁ」

「そう、なのかなあ…」

絶対そうどすわ、と呟くアラくんは少し嬉しそうに微笑んでいた。おそらく師匠さんのことを思い出しているのだろう。彼はとても厳しい人だったが、その分とても優しかった。それを表に出すのが苦手なだけなのだ。
そんな話をしているうちに、私たちの目指していた士官学校が見えてきた。

「ここが、今日からわてらが通うちょっと変わった技や芸を持つ美少年を集めたガンマ団士官学校…」

「わー…おっきいね」

目の前に立ちはだかる自分の3倍はあるのではないかと思う門の横には、ちょっと意味はわからないけどマッチョな人の像。今日からここで、私たちはお互い能力を高めガンマ団になるために訓練していかなければいけないのだ。
女だとバレなければいいけど、という不安で胸がドキドキと高鳴る。胸に手を当てた瞬間、ドンッと後ろから誰かに押され私はろくな受身もせずそのまま地面とキスをした。

「ああっ○○ちゃ…っくん!大丈夫かいな!?」

「うぅ…鼻打った…」

「おぉ?ぶつかってしもうたか?すまんのぉ。ヘーキか?」

「あっはい…なんとか…キャッ!?」

ジンジンと痛む鼻を抑えていると先ほどぶつかったらしい人が手を差し伸べてくれたので厚意に甘え手を取ってもらうが予想以上の力にすごい勢いで体が持ち上げられその人の胸に飛び込んでしまった。
勢いのまま飛び込んでしまったのでその人の胸元あたりでバウンドしてフラフラと安定しない体をアラくんが肩を押さえ落ち着かせてくれた。

「なんじゃあその女みたいな声と体型は。そんなんじゃこの先持たんぞ?もっと筋肉をつけぇ筋肉!」

「す、すみません…」

「お、キヌガサくんすまんのお!校内のプールに放してやるけえ、もうちっと辛抱してくれえな!ほんじゃ、精進せえよ、ちっこいの!」

その人は私の頭をキャスケット帽ごしにポンポンと叩くと桶に入った大きな鯉をつれて学校へと入っていった。どうやら、女だということは気づかれてはいないようだ。

「な、なんどすのあの胡散臭い唐変木は…」

「さぁ…ん?…アラくん、あれ…」

「ん?……あんさん、何してはりますの?」

私が指さした所には花柄の…カブトムシ?のような着ぐるみをつけた人が木にしがみつきこちらの様子を伺っていた。
その人は私たちに気づかれたと知るとドサッと音を立て木から落ちてしまった。

「よぉ僕の変装を見破ったっちゃ!やっぱりこの学校に来る人たちはすごいっちゃねー!」

「へ?あ、はぁ…ありがとうございます…?」

なんだこの脳天気な忍者は。もしかすると、この学校に来る人たちは皆変な人ばかりなのでは…?
チラリとアラくんのほうを見ると私と同じことを考えているのか、真っ青な顔をして彼を見つめていた。
袖をくいくいと引っ張っても全く返事がないあたり、先程の人といいこの人といい、かなりショックを受けているようだ。

「あ、アラくんそろそろ行かないと遅刻しちゃうよ…」

「どうしたべ?おめ、顔色悪いけんどどっか調子でも悪いべか?」

ふと声がしたほうを見ると、金髪の男の子が立っていた。よかった、彼はかなり常識人のようだ。
アラくんも彼に気づいたのかようやく放心状態から立ち直った。
大丈夫だ、と言うアラくんにそれはよかったと微笑む彼は、これまでのことを考えると本当に常識的なものを持ち合わせている人のようだ。
しかし、ホッと安心したのもつかの間。彼が学校へ入ろうと私たちの前を歩き出した時、それに気づいた。
彼が背負っているものはカバンでも武器でもなく、大きな筆。歩く度にふよふよと靡く毛先がなんともシュールだ。これには私も絶句した。横でアラくんが「アホダメ出し…?」と呟きたくなる気持ちも、よくわかる。
私は確信した。ここは変な人ばかり集まる学校だ、と。私の学校生活は、一体どうなってしまうのだろうか。ああ、師匠さん。まだ始まってもいないのに既に心配になってきました。
二人とも門の前で放心していると、チャイムの音が鳴り響いた。

「あっ…いけない、遅刻しちゃう!アラくん、急ごう!」

「そ、そうどすな!わてのエリートコースへの道が絶たれてまうさかい、急ぎまひょ!」

エリートコース云々はよくわからなかったが、ようやく我に返った私達は急いで変人学校、いやガンマ団士官学校の扉を開けた。


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