氷炎、湖面に浮く。 | ナノ


私たちが来た頃には既にほとんどの人が整列していた。急いで適当な列の中に入ると、横には先程たまたま会った金髪の筆の人が立っていた。

「おぉ?おめはさっきの!」

「あっ…先程は、どうも」

「んー?さっきは気づがねかったけんども、おめ、えれー声たけーんだな!女みてえだべ!」

「あ、あはは…よく言われます」

敬語はいい、と言われたのでありがとう、と告げると謝ってばかりだとまた笑われた。彼も変人にはかわりないが、人としてはかなり接しやすい方なのだろう。
隣をチラリと見ると、アラくんがムスッとした顔でこちらを見ていた。あれ、ちょっと怒ってる…?

「アラくん、怒ってるの…?」

「…別に、なんもあらしまへん」

プイと向こうをむいてしまったアラくんに疑問を抱いた。今の会話で、アラくんが不機嫌になるところなんてあっただろうか。
もう一度アラくんに話しかけようとした瞬間、目の前にあったガレージから誰かが出てきた。金色の髪と赤い衣装の穏便そうなお方だ。

「私はこの学校の理事長であり、ガンマ団総帥のマジックだ。…堅苦しい挨拶は抜きにして、君たちには新入生歓迎テストを行ってもらう!」

テスト。と聞いて心臓がドキッと跳ね上がった。一体どのようなことをするのだろうか。体力の必要なテストだとどうしよう。
確かに人並みには体力の自信はあるが、それでも男の子には劣る。こんなところでバレてしまったら元も子もない。胸元で手をキュ、と握り、マジック総帥の声を待った。

「…君たちには、一時間以内に……お互い自己紹介をし、覚えた名前の数を競ってもらう!集団生活では、協調性が必要だからね」

そう言いながら微笑む彼にホッと胸をなでおろした。彼はかなりユーモアあふれるお人だったようだ。

「よかった…これなら簡単そうだね、アラくん。……アラくん?」

「…た…他人に話しかけるなんて…なんて難しい事を言いはるんや…!」

「え、あッ…」

「よし、それでは開始ッ!」

忘れていた。彼はドのつくほど人見知りの激しい人だった。ばっと周りを見ると既に他の人はいろんな人に話しかけているようだ。
いつまでも彼にべったりしていると、テストにならない。きっと。

「あっ、えっと…じ、じゃあねアラくん!また後で!」

「えっ!?そ、そんな殺生な○○くん!わてをおいていかんといておくれやす〜!」

アラくんの制止の声を振り払って私はズンズンと歩き出した。ごめん、アラくん。ご武運を。

「お?おんし、さっきのちっこいのか。わしはコージっちゅうもんじゃ」

「え?あっさっきの鯉の人!わた…ぼ、僕は○○といいます」

「がはは!声や体だけでなく名前も女みたいじゃのお!もっとマッチョマンにならんと見下されるけぇ、飯食え飯!」

「あはは…頑張るよ」

コージくんは私の頭を初めて会った時よりも少し荒くガシガシと撫でると豪快な笑い声と共に去ってしまった。
なんてがさつな人なのだろう。少しずれてしまった帽子をくいと直すと後ろからポンと肩を叩かれた。

「よお、おめ!名前なんつったべか?オラは東北ミヤギっつーべ」

「あ、筆の人!えっと、わ…僕は○○だよ」

「僕ぁトットリっていうっちゃ!」

「ミヤギくんにトットリくん…うん、覚えた!」

「ん?さっきまでずっといたあの片目のやつはどこいったべ?」

「えっと、彼ならそこに……あ、あれ、いない…」

先程まで私たちがいた場所を指さすが、そこには誰もいなかった。まさか彼が自分から声をかけるなんてことは、ないはず。
ぐるりと周りを見渡すが、彼の姿がどこにも見当たらない。

「あれ…アラくん?どこいっちゃったんだろ…ちょっとごめんね!」

「あ!?おい待つべ!せめてあいつの名前だけでも教えてけれ!」

ミヤギくんが何かを叫んだ気がするが、走り出した私の足は急には止まれなかった。ごめんね。
一通り周ってみたが、やはり彼の姿はどこにもいない。一体どこに行ってしまったのだろう。
彼の行きそうな場所。人目のつかない…暗い所…
そこまで考えてこの広場の左脇にある大きな木が目に入った。その木に駆け寄り丁度陰になっているところを覗き込むと、案の定。アラくんが体育座りをして石に話しかけていた。

「ううっ…どうせわてなんか…」

「あ、アラくん…大丈夫…?」

声をかけるとビクッと肩を跳ね上げ、バッとこちらを向いた。その顔は恐怖と不安が入り混じっているようだ。私だとわかった途端、ホッとしたような表情になった。

「あっ…○○、ちゃん………テストは、ええんどすか」

「うーん…まだ3人しか名前聞いてないけど、もういいかな。アラくんが心配だし」

「…別にわてのことなんか気にせんでええどす…子どもやあらしまへんし」

「でも、今やってることは子どもみたいじゃない?」

うっ、と声を詰まらせた彼は顔を足に埋めた。ぐす、と鼻を啜る声がたまに聞こえる。大方、話しかけることに失敗してしまったのだろう。
彼の頭を無理やり上に向かせ、ポケットからハンカチを取り出して彼の顔を拭いてあげる。

「ほらほら、泣かないの。失敗なんて、いくらでもあるんだから」

「っ…うぅ〜子ども扱いせんといておくれやすぅ〜」

「こらこら、じたばたしないのー」

彼の頭をゆっくりと撫でながら顔をごしごしと拭いてあげる。
結局、一時間という長くて短い時間は彼と一緒にいるだけで過ぎてしまった。
テストの結果は、111点中、5点。なんとも残念な結果に終わってしまった。紙を眺めながら苦笑いを浮かべているとアラくんは申し訳なさそうにすんまへん、と謝ってくれた。
彼の人見知りも、この学校で改善されるとこれ以上の喜びはないのだけれど。そう心の中で呟いて点数の書いた紙を理事長に手渡した。


mae tugi 6 / 26