師匠さんの下で修行をするようになってどのくらい時が経っただろうか。手袋をギュ、と握り締める。未だに手袋をはめていないと勝手に力が出てしまうことはあるが、力を加減することはできるようになった。
アラくんも昔とは桁違いの炎を発することができるようになっている。二人共師匠さんのおかげでここまで力を積むことができた。改めて、師匠さんはすごいお人だなと改めて感心した。
「○○ちゃん…わて、士官学校行くことになりましたわ…」
ある日、おやつのプリンを食べているとアラくんが神妙な顔で私にそう告げた。士官学校、と言われてもイマイチぴんとこない私はスプーンを口に含んだまま瞬きを繰り返すことしかできなかった。
「ガンマ団の士官学校どす。ガンマ団になるためにはそこ行かへんとなられへんのや…」
「へぇー…ガンマ団か…ねえ師匠さん、私は行っちゃダメなの?」
「駄目だ。…とは言わないが、おそらく無理だろう。ガンマ団は女人禁制だからな」
「そっか…ねえアラくん、いつ帰ってくるの?」
「……士官学校終わったらガンマ団として働かへんといけまへんから…多分、もうここには帰ってこられへん…」
アラくんの言葉に、頭部を鈍器で殴られたような衝撃が走った。スプーンが乾いた音をたてて床に落ちる。
「え……そ、そんな、もうアラくんと会えないの…?」
「……へぇ…」
「やっ…やだやだッそんなのやだ!アラくんとずっと離ればなれだなんてやだ!私も士官学校に行く!」
「○○、先ほども言ったが、ガンマ団は女人禁制だ。諦めろ」
「じゃあ私、男の子になる!」
机を乗り出してそう言うと、アラくんも師匠さんも文字通り目を点にしてしまった。
「男の子のフリをしていけば、士官学校に行けるでしょ?」
「…あぁ、そういう意味か。…しかし女のお前が男のフリをするなど……いや、これも修行の一環だと思えば……だが…」
「お、お師匠はんが珍しく戸惑っでらしゃる…!でも○○ちゃん、大丈夫なんかいな…?」
「大丈夫!ここで修行してきた身だし、体力にはそこそこ自信あるし…ロッドさんのご期待に添えることができなかった体してるし…」
「自虐はやめなはれ……わてかて、○○ちゃんと離れるのは嫌おます…お師匠はん、どうでっしゃろ…」
「・・・好きにしろ」
はぁ、と師匠さんはため息を吐いて本を閉じるとどこかへ行ってしまった。
師匠さんからのお許しを頂けた私たちは両手を挙げて全身で喜びを表した。
「よかった!これで一緒にいられるねアラくん!」
「そうどすなあ!…でも○○ちゃん、ほんまに男のフリなんてできるん?そう簡単なもんやないと思うさかい…」
「うーん…まあ、師匠さんに買ってもらった帽子かぶっていたら大丈夫でしょ…多分」
「○○ちゃん…いつものことやけど肝心な時に適当おすなぁ…」
タンスの中にしまっていた師匠さんに前買ってもらったシンプルで少し大きめのキャスケットを取り出し、垂らしている髪をキャスケットの中にしまいながらかぶる。
「ほら!これでだいぶ男の子っぽくなったんじゃない?」
「・・・うーん……30点」
「すっごく微妙」
なんてことをしていると、ガチャリと扉が開かれ、師匠さんが顔を出した。○○、と名前を呼ばれ扉の向こうへと移動すると電話の子機を手渡される。マジック総帥からだ、と言う師匠と、聞き覚えのない名前に疑問を覚えながらも子機を耳に当てる。
「もしもし?」
「やあ、君が○○ちゃんだね?私はガンマ団総帥であり、士官学校理事長のマジックという。よろしく」
「えっあっ、り、りじちょう…!?あのっ初めまして、○○といいます…」
「はっはっは、知ってるよ、○○ちゃん。君のことはハーレムからたびたび聞いているよ。」
ハーレム様から。と呟くとマジック総帥は、弟が君のことを気に入っているようだからね。と言った。気に入られているのか。という事実よりも弟という単語に驚いてつい子機を落としてしまいそうになった。この穏便そうなお方と獅子舞隊長が兄弟。なんというか、世界にはまだまだ不思議なこともあるもんだ。
「さて、○○ちゃん。君は女性にも関わらずガンマ団士官学校に入りたいというのは、本当かね?」
「…はい、本当…です」
「うちは女人禁制、と通っているが実際禁止しているわけではないんだ。戦場に出たがる女性が圧倒的に少ないだけで、特例として女性の入学もなんの問題もない」
「え…本当ですか!」
「ただ、男性ばかりの所に君のような女性を放り投げるのはあまりにも無粋な行為だと思うんだ。
やっぱり君には男として学校生活を送ってもらうことになるだろう。もちろん、男と同じように訓練をしてもらうし、男と同じ部屋で過ごしてもらう。
できるだけ正体もバレないように過ごしてほしい。それでもいいかね?」
先ほどとは雰囲気の違う総帥の声に自然と子機を握る手がギュ、と強くなった。そして私ははい。と力強く返事をした。子機の向こうからはいい返事だね。と。まるで小さな子に言い聞かせるような声だった。なんだか父親のような安心感を覚えるお方だ。
「では、入学式の日。楽しみにしているよ、○○ちゃん」
「はい!ありがとうございました」
「…終わったか」
師匠にありがとうございます、とお礼を言い子機を手渡すと、師匠はこちらを一瞥もせず向こうへと姿を消した。アラくんが扉を少し開け隙間から顔を覗かせた。
私が首を縦に振るとアラくんは先ほどと同じように嬉しそうに笑った。バレないように過ごせるだろうか。とか、訓練はどのようなことをするのだろうか。という不安よりも、アラくんとまた一緒に過ごせるんだという喜びの方が大きかった。
mae tugi 4 / 26