氷炎、湖面に浮く。 | ナノ


意識が戻ると同時に、脇腹の痛みと、左手に温もりを感じた。うっすらと目を開けると見覚えのない天井。と、見覚えのある片目を前髪で隠した少年の不安そうな顔。
その不安げな顔は目が合った瞬間嬉しそうな、それでいて今にも泣き出しそうな顔になった。

「あっ…お師匠はん!目!目ぇ覚ましはりましたでッ!!」

「…騒ぐなアラシヤマ。おい、娘。傷はどうだ」

「……え…ぁ…まだちょっと痛み、ます…けど、大丈夫です…多分」

そう告げるとキレ目の男の人は少し怪訝そうな顔をしたがすぐに鼻を鳴らし手元の本へと視線を移した。助けてくださり、ありがとうございます。と言ったが彼はこちらを見向きもしなかった。
アラシヤマ、と呼ばれた男の子は未だに私の左手を力強く握りしめている。

「よかった…ほんまによかっだ…!もぉ目ぇ覚ましはらんかったらとうじようがど…!」

「そんな…大袈裟な」

「いや、大袈裟ではない。ひどい出血をしていたからな……出血部分が凍っていなかったら、死んでいただろう。」

男の人は本から目を離さずに言った言葉にスッと頭から血が抜けるような感覚がした。

「凍り方も普通とは異なったものでな。まるで身体を護るように内側から凍ってきたようになっていた。…おい娘、貴様、特異体質だな?」

パタンと本が閉じられる音が酷く頭に響いた。男の子が不安そうにこちらを見つめている。何かを言ったような気がしたが聞き取ることができなかった。
焦点を合わない。バクバクと心臓が煩く鳴り響いている。息が上手にできない。バレた。特異体質であることが。ギュ、と握られている左手に力がこもる。

「答えろ、貴様は特異体質だな?」

「…………は、い…そう、です…」

「能力は…身体から氷を発するのか。条件などはあるか」

「お、お師匠はん…」

「わかり、ません。…わかりません…手袋を外すと、勝手に凍ります。」

「勝手に?どういう意味だ」

私は男の子に断りを入れ左手を解放してもらった。ごめんなさい、と先に謝り右手の手袋を外し近くにあった植木鉢に手を伸ばす。植木鉢に手が触れた瞬間、植木鉢はビシビシと音を立てあっという間に氷のオブジェになってしまった。
近くにいた男の子は驚きのあまり椅子から転げ落ちてしまった。男の人も長いキレ目を少しだけ大きく開いたと思えば、どこか愉しそうに口元に三日月を描いた。

「ほう…その様子だと、能力を制御できていないようだな」

「ひっ…ぁ…すみません、すみません…!すぐ、出ていきます…」

「出ていく…?今の会話で貴様が出ていかなければいけない要素があったか?」

「だ、だって、こんなの、気持ち悪いって…化け物だって…みんな…!」

ギュウ、と左手で布団を握りしめる。そうだ、この能力のせいで、街の人たちも…親からも嫌われてきた。
気持ち悪い、化け物だ、近づくと同じ化け物になる。そんなことを毎日言われ続けてきた。そして、私は街の人々から、親から捨てられたのだ。
この人たちだって、きっと気持ち悪いと思っているはずだ。きっと。

「フン…成程な…
…そういう俗物は人とちょっと違うところがあればすぐにそいつを非難する。可哀想な生き物だ。
…安心しろ、少なくとも私達はその俗物とは違う。貴様を異端者として扱うことはしないだろう」

その言葉に握りしめていた左手の力が少し緩まり、いつの間にか下を向いていた顔をあげる。男の人は未だに愉しそうに笑っていた。男の子も気づけば彼のそばに立っていた。

「私達も異端者、だからな」

ボォ、と男の人の手のひらにオレンジ色の炎が現れ、男の子は、彼のとは少し炎の色が薄いが体全身に炎をまとった。その光景にただただ目を見開くことしかできなかった。
手袋をはめた右手を力強く握る。胸の音が先ほどとは全然違う意味で高なった。

「どうだ、娘。その能力をコントロールしたければ、私の弟子になれ。」

「…○○です。…娘では、なく、○○…と呼んでください…
……お師匠、さん」



「今日のお師匠はん、めっちゃ喋りなはる…!しかも上機嫌!レアやでこれは!早速隊長はんに連絡しぎゃー!!すんまへんお師匠はーん!」

「いやあああ!燃えたー!?」

「・・・言っておくが私の弟子になった以上、容赦はしないぞ。いいな?」

「え…あう…は、はひ………」


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