氷炎、湖面に浮く。 | ナノ


保健室の扉が開かれると、○○ちゃんと、唐変木が出てきた。確か名前は、コージとかいうやつだった気がする。どうやらすっかりと元気になったようで、彼女も先ほどの不安いっぱいといった表情はどこ吹く風、安心したような表情になっていた。
○○ちゃんは、緊張が解けもよおしてしまったのか、少しトイレに行ってくると言って走っていってしまった。今、自分はこいつと2人きりだ。
特に話す気もなかったので、目を合わさずにいたらのお、と声をかけられた。

「なんどすの」

「ぬしがあれか、○○のよォ言うとる、アラくんっちゅーやつか?」

「・・・あんさんにその名前で呼ばれるんは癪に障りはりますわ…アラシヤマ、どす」

「そうかそうか、わしゃあコージっちゅうもんじゃ!」

そう言い人懐こい笑顔を見せるこいつに、知ってる、と言うと不思議そうな顔をして瞬きを繰り返していた。

「○○ちゃんが、よおあんさんの話してはりましたから」

「なんじゃあ、○○のやつ、わしにはぬしゃあの話して、ぬしゃあにはわしの話しとるんかぁ?だっはっは!これも何かの縁じゃろお!仲良おしようけんのおアラシヤマ!」

右手を差し出すそいつの手を、一応、社交辞令として握る。誰がお前なんかと、と心の中で思いながら。
再び前を向き、彼女の帰りを待つ。なんだか、視線を感じる。ちらりと横を見ると自分の方をじっと見つめるコージの目とがっちり合ってしまった。

「…なんどすの?ジロジロ見んといておくれやす」

「おぉ、すまんの。○○がえろうぬしのこと気に入っとるみたいじゃけ、どんな奴か思うただけじゃけん」

こいつはどうやら、えらく素直な奴なようだ。目をそらし、生返事をする。そしてしばらくの沈黙。その沈黙を破ったのはやはりコージで、のぉ、と声をかけてくるそいつに少なからずイライラしていた。

「もう、なんどすの?うっさい人どすなあ」

「アラシヤマは、○○のこと好いとるんか?」

その質問に、組んでいた腕をぴくりと動かす。○○ちゃんが、好きかだって?それは友情的な意味なのか、愛情的な意味なのか、と聞くとおそらく後者だと返ってくるだろう。こいつの辞書には前者の意味の好きはインプットされていないだろう。
自分は、彼女のことを、異性として好きなのだろうか。
彼女は大事な友達で、一緒にいると心地よくて、他の誰かといるところを見るともやもやむかむかして。
これは、もしかすると好きという感情なのだろうか。しかし、自分の胸に彼女への恋愛感情を当てはめようとしても、どこかしっくりとこないものがある。
グルグルと何も言わずに考えていると、わしは、とあいつの声が聞こえた。

「わしは、好いとうよ。○○のこと」

その言葉に頭に鈍いものをぶつけられたような衝撃を受けた。そいつの顔を見ると、彼女の走っていった方向を見つめながら、微笑んでいた。心なしか顔が少し赤い気もする。

「……は…な、なん…で、」

「なんで、っちゅーわれてものお…女を好きになるんに、理由なんかいるんか?」

そう言うコージに、グ、と言葉をつまらせる。そりゃあそうだ。そんなもの、理屈でどうこう言えるものじゃないのだから。ただ、こいつが○○を好いている、という事実が気に食わなかっただけだ。

「たまたま好きんなったんが、○○じゃった。それでええじゃろ」

「ハッ…それは○○ちゃんが女や判ったからやろ?此処には女性が○○ちゃんしかおらしまへんしなあ。所詮は身体が目当てなんちゃいますの?そんな不純な目で○○ちゃんを見んといてほしいどすな」

「阿呆抜かせ。もしあいつがわしが倒れた時に見捨ててどっか行くような奴じゃったら惚れとらんけえの」

腕を組んで睨み合う2人。このままじゃ埒があかない、と思ったのかコージはおおそうじゃ、と声を上げた。

「ここはひとつ勝負をしてみんか?どっちが先に○○を振り向かせることができるか。」

「…フン、人の幼なじみを競馬みたいに言いはって。第一、そんな勝負端からわての勝利が決まってるも同然やろ。話になりまへんわ」

「ほーぉ?えらい自信満々じゃのお。じゃあ、ぬしが勝ったらわしはキッパリ○○のことは諦める。そのかわり、わしが勝ったら、ぬしが○○のことを、諦める。これでどうじゃ?」

「…別に、わては○○ちゃんのことを好いとるわけやないどす。諦めるも何もあらしまへん。
ただ、あんさんに取られるんは気に食いまへん。その勝負、受けてたってあげますわ」

先程、仲良くしようと握手を交わした仲とは思えないほど、お互い対抗心を燃やしていた。火花が飛び散ってるのではないかと思うくらい睨み合っていると、ぱたぱたと走って彼女が帰ってきた。

「遅くなっちゃってごめん!グンマくんにつかまって、て…二人ともどうしたの?」

「おー○○!遅かったのお。別になーんもあらんけん、気にするこたあないわい」

「そうそう。○○ちゃんが気にすることはなんもあらしまへんで。さ、早う教室行かへんと、遅刻しでうさかい。急ぎまひょ」

「え…う、うん…?2人とも、なんか変じゃない…?」

「「いいや、別に?」」

コージの野郎が彼女の左側に近づき肩に腕を回すのに対抗すべく、彼女の右手をギュッと握る。
そんな自分たちの行動に、クエスチョンマークを浮かべながら歩く彼女を他所に、自分たちは彼女に気づかれないようにもう一度睨み合った。


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