氷炎、湖面に浮く。 | ナノ


また、彼女はあいつの所に行っているのだろうか。
前までは昼休みだけだったのに、最近では放課後にも行くようになってしまった。
彼女があいつと一緒にいる、と考えると胸の辺がチクチクするような、モヤモヤするような気持ちになる。こんなことは初めてだった。
彼女に、会いたい。一目だけでもいい、彼女の笑顔が見たい。
いつの間にか自分の足はプールの方へと向かっていた。

息を少し上げて、プール場を探す。少し奥の方、木々に囲まれている場所にプール場はあった。木の陰に隠れてプール場を見る。そこには仲良さげにフェンスにもたれかかるあいつと、彼女の姿があった。ちくり、とまた胸が痛む。
すると突然、あいつはもたれかかるように彼女を押し倒した。驚きの声をあげてしまいそうになったが、なんとかこらえる。
彼女はあいつの肩を支えながら起き上がった。あいつの顔が、彼女の首元に移動する。そして彼女はゆっくりとあいつの背中に手を回した。
彼女は、○○ちゃんは、あいつを受け入れているようだった。
ズキン、と今までにないくらいの痛みが胸を襲った。ズキズキと継続してやってくる苦しみに息が荒くなる。ギリ、と手に力を込める。
ああ、今の彼女に、会うんじゃなかった。そのような後悔が頭の中をぐるぐると回った。気づけば部屋に向かって走り出していた。途中、誰かにぶつかったような気がしたが、そんなことも気にならないくらい無我夢中で走った。
部屋につくと急いで扉を閉め、ずるずるとその場に座り込んだ。先程の彼女を思い出す度に、胸がキリキリと締め付けられる。心なしか目眩すらも覚え、目元を抑えた。これはいったい、



目の前の彼女はとても怯えていた。あいつの時とは違う、恐怖に満ちた表情。がたがたと震える肩に手を置くと、ビクッと身体をはねあげた。ごめんなさい、ごめんなさい、と涙を流す彼女に、別の胸の痛みを感じていた。
自分が彼女を泣かせているのだ。その事実に胸がズキズキと痛む。ギュッと肩を掴む手に力が入った。あいつのことは受け入れたのに、自分は拒絶されているのだ。それがどうしても悲しくて、寂しかった。

「あいつはええのに、わてはあきまへんのか」

そう誰に言うわけでもなく呟いた声はひどく震えていた。本当に、情けない。これ以上、泣いている彼女を見たくない。なんて、泣かせている本人が思うことではないのだろうけど。
彼女の肩から手を離し、扉を開け部屋から出た。最後まで彼女は、しゃくりあげながら、自分に謝罪の言葉を告げていた。



校舎の裏、人通りの少ない所に腰を下ろし、膝に顔を埋めた。やってしまった、という後悔で頭の中はいっぱいだった。
あいつのことを考えると、ついむかむかとしてしまい、彼女にあたってしまったのだ。どうしようもない阿呆だ。
しかし、彼女も彼女だ。あいつのところに行って欲しくない、と何度も告げたのに、行かないどころか回数を増やし、あいつのところに通い続けた。彼女が出かける度に、胸を痛めていた。
それが今日、爆発してしまっただけだ。当然の結果、と言ってしまってはそれでおしまいかもしれない。

「…○○ちゃんの、阿呆…」

「アホはテメーだろーよ」

ぼそりと呟いた言葉に返事が返ってきたことに驚いて顔を上げると、そこには呆れた顔をして腕を組んでいる特徴的な黒髪と黒目が目に入った。

「シ…シンタロー…!?なんで、あんさんがここにっ」

「んなことどーだっていいだろ。それよりテメェ、○○泣かせただろ」

さっき部屋行ったら赤い目をした○○が出てきた、と続けるシンタローから目を逸らす。そんな風になってしまうまで泣いていたのか、彼女は。
突然、ぐいと胸ぐらを掴まれ無理やり立たされる。シンタローの不機嫌そうな顔がすぐ近くにあった。

「どーせ本当の事情もよくわかってねぇくせにあいつを勝手に責めたんじゃねえのか、あ?」

シンタローの言葉にグッと息を詰まらせる。シンタローはチッと舌打ちをすると荒々しく手を離した。

「テメーらのことはよく知らねーけどよ。あいつに泣かれんのは、気に食わねえんだよ。
おい、アラシヤマ。しゃーねえから教えてやる。コージが熱を出してプールで倒れた。それを○○が見つけて俺に助けを求めた、これでいいだろ?」

そう言うとシンタローは手間取らせやがって、と言いながらどこかへ行ってしまった。シンタローのいた場所を眺めながら、先程の言葉を頭の中で繰り返す。
つまり、あの時見たあいつはすでに熱を出していて、押し倒したように見えたのは、彼女のほうに倒れただけで、彼女があいつを受け入れていたわけではなく、成すすべがなかっただけで

そこまで考えて、自分のやってきたことを本当に後悔した。なんだ、これじゃあただの早とちりによる八つ当たりではないか。彼女になんてひどいことをしてしまったのだろうか。頭から血の気が引いて、バクバクと心臓が脈打っているのが、よくわかった。
もう、彼女は自分と仲良くしてくれないかもしれない。当然だ。あんなにひどいことをしたのだから。そしてまた、チクチク、もやもやと胸が痛み始める 。最近、彼女のことを考えると、とても苦しくなる。胸を抑えたまま壁に背をつけたまま座り込む。
この痛みと苦しみは、彼女の笑顔を見るといつもどこかへいってしまうのだ。彼女に、会いたい。あんなにひどいことをしたのに、そんなことを考えていた。
しかし、自分の中の臆病者が彼女に本当に拒絶されることを恐れていた。ふるふると体が震え立ち上がることを拒む。それと対比するように、手のひらは気づけば痛いくらいに握り締められている。
壁に手をつけながらゆっくりと立ち上がる。行かなければ。彼女の所に。そして面と向かってごめんと、告げなければ。ここで立ち止まっていては、自分はいつまで経っても馬鹿な臆病者にしかなれない。壁に手をつけたまま、ゆっくりと自分の部屋へと歩き出した。


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