氷炎、湖面に浮く。 | ナノ


「急激な体温の変化による発熱ですね。薬飲んで寝ときゃそのうち良くなりますよ」

ドクターの言葉にホッと息を吐いた。私の氷で作った氷袋を眠っているコージくんの頭に乗せる。シンタローくんもドクターの言葉に安心したようにソファーに座り込んだ。
幸い、今は放課後だ。明日の朝までゆっくり休んでいれば大丈夫だ、と続けたドクターにお礼を言う。彼は本当に医者としては信用できるお方だ。人間としては、あまり関わりたくないけど。

「…にしてもさ、○○。よくコージがプールで倒れてるって気づいたよな」

「へ?ああ、一緒にいたからね。それに、いつもと様子がおかしかったから…」

「いつも?お前ら、いつも一緒にいるのか?」

「あ、そんなべったりってわけじゃないよ?昼休みと、たまに放課後にプールでキヌガサく…彼のペットと遊んでるだけだよ」

そう言うとシンタローくんはふーん、とあまり興味の無いように大きくあくびをした。あくびが終わる頃、彼はあ、と思い出したように声を上げた。

「そーいえば、あいつも一緒にいたのか。あれ、炎男」

「炎男?………あぁ、アラくんのこと?」

アラくん、という言葉に彼は少し顔をしかめた。どうやらあの時のことを未だに根に持っているようだ。

「いなかったけど、どうして?」

「いや、お前が来る前にプールの方からアイツが走ってくんの見たからさ。なんか関係があんのかなーって思っただけ」

そう言ってシンタローくんは立ち上がると飯食いに行くわ、と私に一言いって保健室から出ていってしまった。私は彼のいた場所を見つめることしかできなかった。
アラくんが、あの場所にいた?でも、他の人がいたような気配は全く感じなかった。一体どうして、と考え始めた所で、ドクターにいつまでいるんだ、と保健室から無理やり追い出されてしまった。彼は本当にグンマくんのこと以外には適当な人だ。ひたいが思い切り地面とキスをしてしまった。




部屋の扉を開けると、もうご飯を食べ終えたのか、アラくんがイスに座って机に向かっていた。バタン、と扉を閉める音が痛いくらい響いた。
例の事を聞こうかと思った矢先、アラくんがこちらを向かずに遅かったどすな、と小さな声で呟いた

「あ…えっと、コージくんが」

「またあのでくのぼうんとこ行っとったんどすか」

ガタン、と音を立ててアラくんが立ち上がる。その音につい肩を跳ね上げてしまう。

「なあ、何してはったん?」

声のトーンがいつもとは明らかに違う彼に、私は少なからず恐怖を覚えていた。ゆっくりと近づいてくるアラくんに合わせて一歩一歩後ろに下がる。やがて私の背中は壁とぴったりとくっついてしまった。
彼は私のすぐ目の前に来ると顔の横あたりの壁にダン!と手をついた。それが怖くて、私はずるずると地面に手をついてしまう。目の前の彼もその動きに合わせてしゃがんだ。

「教えておくれやす○○ちゃん。プールで、何してはったん?」

「え…あ…こ、コージくんが…コージくんが、ねつを、ひっ!?」

突然、アラくんは私の首筋あたりに顔を埋め、ぺろりと舐めた。生々しい感触に上ずった声をあげてしまう。

「あらくん、なんで、っい…!」

震える声で彼を呼びかけた瞬間、舐められていた首元に鋭い痛みが走った。がり、という音が聞こえた。どうやらアラくんが私の首元に噛み付いたらしい。噛み付かれた場所がとても熱い。
普段とは全く違う彼の行動に、ガタガタと体が震える。心臓が激しく脈うち、呼吸をするごとに鼻の奥から熱いものが込み上げてくる。そしてダムが決壊したように、大粒の涙が私の目からこぼれ落ちる。
ひっくひっくとしゃくりあげる私に気づいたのか、アラくんはゆっくりと顔を上げた。

「○○ちゃん、なんで泣きはりますの」

彼のその声が冷たくて、私はふるふると首を横に振りながらごめんなさい、と意味もなく繰り返した。

「…あいつはええのに、わてはあきまへんのか」

そう呟くように言ったアラくんは、私の肩をぎゅっと握った。その手は少し震えていた。
涙でよく見えなかったが、彼の顔は今にも泣き出してしまいそうにも見えた。
アラくんは、私の肩からスッと手を離すと、何も言わずに部屋から出ていってしまった。一人になった私は、壁に背をつけたまま泣きじゃくることしかできなかった。


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