氷炎、湖面に浮く。 | ナノ


最後のパンを放り投げると、キヌガサくんはそれを口に含み嬉しそうにプールの中でくるくると円を描くようにと泳いだ。そして顔を出してヒレをひらひらと動かす。

「ふふ、キヌガサくん、ほんと人懐こい子だね」

「……」

「…コージくん?」

返事のないコージくんの方を見ると、彼はぼんやりとした表情でプールの方を見ていた。もう一度名前を呼ぶと、彼はようやく気づいたようにハッと私の方を見ると生返事をした。

「コージくん、なんだか変だよ…?大丈夫?」

「ん…おぉ…別になんともないけん、気にするこたあないわい」

そう言って笑う彼には、いつもの元気は見えなかった。
フェンスにもたれかかるように座り込む。風で草木が揺れる音と、キヌガサくんが遊泳する音がよく聞こえる。頬を伝う汗を肩からかけていたタオルで拭う。

「今日も暑いね」

「……」

「・・・コージく、わっ!?」

やはり今日の彼は変だ、と思い彼にもう一度呼びかけをしようとした瞬間、私の肩にコージくんが力なくもたれかかってきた。突然ということもあるが、私の体と彼の体では差が大きすぎる。彼の重さに耐えられずそのまま私は彼に押し倒されるような体勢になった。

「こ、コージくん!?大丈夫…!?」

私を抱えるように倒れ込んできた彼の頭を少し撫でるように叩いてみるが、返事はなかった。なんとか彼を持ち上げてフェンスにもたれかかるようにするが、うまくバランスがとれなく結局私の肩に落ち着いた。
彼の体が、すごく熱い。どうやら熱を出しているようだ。私に全身を預けている彼の背中をゆっくりと撫でてあげる。呼吸は相変わらず浅い。
もしかすると、昨日ろくに身体も拭かずにそのままでいたのでは。それで身体を冷やしてしまい風邪をひいてしまったのではないだろうか。
タオルで顔から流れる汗を拭ってあげる。コージくん、ともう一度呼びかけてみるが返事はなかった。こういう時は、どうすればいいんだっけ。ああ、保険医に連れていかなければ。でも彼の体を私1人で担いで連れていくなんて、到底無理な話だ。とにかく、誰か呼んでこなければ。
私は手袋を外し床に手をつけると、ピシピシと音を立てながらそこは氷の床になった。そこにタオルを数回たたんでまくらのようにすると、彼をそこに寝かせた。
あんまり意味はないかもしれないが、少しでも冷たい方が気休め程度にはなるだろう。

「ごめん、すぐ戻ってくるから…そこで待ってて!」

おそらく聞こえていないだろうけど、コージくんにそう呼びかけ、私は急いでプール場から飛び出した。

相変わらずスポーツ場には人がいなった。寮に行って誰かに呼びかけなければ。誰に?その人は本当に手伝ってくれるだろうか。早くしないとコージくんが心配だ。などという不安がぐるぐると頭の中を駆け巡る。じんわりと涙が浮かぶ。どうしよう、どうしよう。とわけもなく頭の中で復唱した。
もうすぐ寮にたどり着く、というところで私は見覚えのある後ろ姿を見つけた。

「ッシンタローくん!」

声をかけるとシンタローくんは何だ、というような顔で振り向いた。私の顔を見ると驚いたように目を見ひらいた。

「○○…?どうしたんだよ、そんな慌てて」

「はぁ、はぁ…ッお願い…助けて…!」

「助けて?何がだよ、なにか困ってんのか?」

少しでも落ち着くように彼は息の上がった私の背中を撫でてくれた。


「……ッコージくんが…熱出しちゃったみたいで…倒れて…ッ」

「コージが…!?おい、どこで倒れたんだ ッ!」

私は、プール、と小さく告げると彼は急いでプールへと向かった。へたりとその場に座り込んでしまう。何も言わずに、彼は手伝ってくれた。彼は本当にいい人なんだろう。彼がいてくれて本当に良かった。と思いながら息を整えていると、シンタローくんがコージくんを背負って走ってきた。
彼は急ぐぞ、と私に呼びかけて先に走っていった。私は立ち上がり、彼らの背中を追った。


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