氷炎、湖面に浮く。 | ナノ


「キヌガサくんとは、どれくらい付き合いが長いの?」

私の問いかけにコージくんはおぉー、と生返事をした。
バシャバシャと私たちの目の前で楽しそうに泳ぐ大きな鯉…キヌガサくんは今日も元気なようだ。
ぐいと額の汗を袖で拭う。まだまだ春は長いというのにここの所ずいぶんと暑い日が続いている。
隣のコージくんも私と同じように暑い暑いと手で風を送っている。

「ほうじゃのおー…出会ったのはわしが3歳の頃じゃったな。わしがキヌガサくんに飲み込まれたのが出会いじゃったわ」

「飲みこ…!?へ、へえー…じゃあ結構長いんだね」

「それからずっと一緒にいたけえ、もぉキヌガサくんとわしは唯一無二の存在、みたいなもんじゃけえ」

彼は体を起こしのおキヌガサくん!と声をかけるとキヌガサくんはヒレをばたつかせながらパシャパシャと水しぶきをあげた。

「わっキヌガサくん濡れちゃうよー」

「この暑さじゃけえ、ちっと濡れるくらいが気持ちいいわい!」

ほれほれ、と言いながら彼はプールの水を私に向かってかけてきた。キヌガサくんもそれに便乗かのように先程と同じようにヒレをばたつかせる。

「うわあっもうやめてよ二人とも!っあ!?」

「おっおい○○!?」

彼らに仕返しをしようと、プールに近づいた瞬間、足を滑らせてしまった。どうやら、キヌガサくんやコージくんのかけた水がプールサイドに散らばっていたようだ。
視界が回転する。手を伸ばすコージくんの姿が逆転して見えた。帽子を両手でぎゅっと握ると同時に体は水の中へと落ちた。
ああ、ここのプール、意外と深いんだ。と沈みながらそんなことを考えていた。泳ごうと思えば泳げないこともないのだが、両手を離すと帽子が何処かへいってしまう。片手では到底泳げそうにもない。水面がどんどんと離れていく。
肺が酸素を求めだした頃、私の体は何者かによりグッと持ち上がり始めた。そのままどんどんと水面が近くなり、ザパーン!という音と同時に私はようやく酸素を吸い込むことが出来た。
私の股下にはキヌガサくんがいた。どうやら、彼が助けてくれたようだ。

「○○!大丈夫か!?」

「はぁ…なん、とか。ありがとう。キヌガサくん」

キヌガサくんの頭をゆっくりと撫でてあげると、彼は嬉しそうに目を細め尾びれを揺らした。
プールサイドに足をつけるとそのままがくりと座り込んでしまった。コージくんが慌てて近寄り、私の背中をゆっくりと撫でてくれる。

「すまんのぉ、○○…わしとキヌガサくんのせいじゃ…苦しいか?」

「ふぅ、いや、僕の不注意のせいだから…コージくんもキヌガサくんも、何も悪くないよ」

そう言って微笑むと、コージくんはバツが悪そうに頬を掻き、すまんのおともう一度謝った。

「……ん?」

水を吸い込んだ服を絞っていると、突然上から怪訝な声がしたのでどうしたのかと見上げると、コージくんは私の方をじっと見ながら不思議そうな顔をしていた。

「え…どうしたの?コージくん」

「あ、いやー……ちっと、手あげてくれんかの」

突然どうしたのだと不思議に思いながらも素直に両手をあげる。すると彼は私の目の前に座り込むと、私の胸元に手を伸ばした。
ふに、と彼の指が私の胸に触れる感触がしっかりと伝わった。
突然の彼の行動に、私の顔は火が出たように熱くなる。
そうだった。制服は濡れたらすぐ肌にはりつくんだ。気づいたときにはもう遅くて。さほど出ていないものだが、濡れて肌に張り付いたら嫌でもそれがはっきりと見えてしまう。
彼にもそれの存在に気づいたらしく、男にはないその感触に目を見開き、バッと手を離した。

「う、お……す、すまん!なんか変じゃのぉと思うたけえ、いやまさか、そんなつもりじゃなかったっちゅーか、」

後ろを向き誰に向かって話しているのかわからないような状態でそんなことを言う彼はブツブツと何かを呟いたと思えばアッハッハ、と乾いた笑みを零していた。
バレてしまった、という気持ちよりも今まで騙していたことへの罪悪感の方が強かった。せっかく仲良くしてくれていた彼の気持ちを裏切ったような、そんな気持ちだった。
コージくん、と名前を呼ぶとビクッと肩を揺らしゆっくりとこちらを振り向いた。その顔はなんだかとても赤く見えた。

「コージくん……あの…今まで、隠しててごめんなさい!」

ガバッと全霊を込めて頭を下げる。彼の顔を見ると、申し訳ない気持ちで1杯になってしまったのだ。
もう、仲良くしてくれないかもしれない。その恐怖心から体が震える。しばらくの沈黙の後、ポンと頭に大きな手が乗せられたのがわかった。

「よぉはわからんが、ぬしゃあにも何か事情があったんじゃろ。そんな気にするこたあないわい」

「……っじゃあ…これからも、仲良くしてくれる…?」

「当たり前じゃろ。○○はわしとキヌガサくんの大事な友達じゃけんのお」

ポンポンと私の頭を撫でながら彼はそう言った。優しい暖かさにポロポロと涙をこぼしてしまう。コージくんは突然泣き出した私に驚くと自分の袖でゴシゴシと涙を拭ってくれた。

「な、泣かんでもええじゃろお。ほれ、泣きやみい?」

「うぅ…グスッごめんね…嬉しくて…っ」

「男じゃろうと女じゃろうと、○○は○○じゃけえのお。そんな気にすんな。な?」

「・・・うぅ〜」

「なっなんでまた泣くんじゃあ!?」

必死に私の頭を撫でながら袖で顔を拭くコージくんに、無視され続けて怒ったキヌガサくんによる冷水が思いきり降り掛かることになるまで、もう少し。


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