- ナノ -

好きな人にだけ

〈 真波山岳/読み切り 〉
連載ヒロイン設定/福富さんに好きな人がいますご注意/福富さんの夢女のフォロワーさんと、夢主交流で書かせて頂きました*
-----------


「んっ・・・さ、さんがくっ・・・」


二人きりの部屋に、どちらのものとも分からない甘い水音が響く。部活の無い放課後、私の寮の部屋に山岳が立ち寄っていた。私たちは、今日何度目かも分からない程キスを重ねていた。


「・・・オレ。名前さんのする、キスの後のカオすきです」


唇を離した後、鼻先はまだ触れ合わせたまま、彼が優しく呟いた。

「かわいいんだもん、すっごく。あ、いつもかわいいけど・・・。ねぇ、こんなカオ見れるのはオレの特権だよね?」
「・・・ば、ばか。何いってんのよ」
「他の誰も、名前さんのイチバン可愛いトコは見れないよね?例えば・・・お兄さんの、福富さんとかだって」
「お兄ちゃん」


はた。その名前を聞いて、私はすこしだけ眉をひそめる。
お兄ちゃんの事で・・・この頃すこし、心に引っかかっている事があった。名前を出されてつい、思い出してしまった。

「・・・え、どしたの?名前さん、福富さんと何かあった?」

まだ何も言ってないのに、私の表情ひとつで何かを察した彼はぱちくりと瞬きをして尋ねた。


「んー・・・最近ちょっと、気になってる事があって・・・。実はさ、お兄ちゃんに好きな人ができたみたいなの」
「え。福富さんにですか」
「うん」
「へー。で、名前さんはそれの何が気になってるの?」
「え?!そりゃ、気になるでしょ?!お兄ちゃんに好きな人なんて・・・!ロードレースの事ばっかりに生きてきた、あのお兄ちゃんだよ?!」
「そりゃあ福富さんだって、恋愛くらいするんじゃないの?」
「えええ〜〜〜・・・?!そ、それにさあ、お兄ちゃんって真っ直ぐすぎる所あるから・・・もし、悪い女の人に騙されてたらどうしようって」

ふーん。山岳は私の手を握ったまま、もう片方の手でのんびりと前髪をいじりはじめた。コイツ、話に飽きてきたな・・・

「そ、それにさあ?!もしも素敵なカノジョだったとしてもだよ?お兄ちゃんってあんまり器用なタイプじゃないし、言葉も足りないし、相手の人にお兄ちゃんの気持ちとかちゃんと汲み取れるのかなって」
「そんなこと、名前さんが気にしてどうするのさ」
「そりゃそうだけど・・・でも、心配なんだよ。妹だもん」
「ふーん、そういうもの?じゃあ福富さんも心配したかな。名前さんがオレと付き合ったとき」

心配した・・・かなぁ?
当時のことを思い返してみるも、とくに兄から何かを言われたり聞かれた記憶は無い。

「・・・そりゃ、したかもね。なにせ相手が真波山岳だし」
「え、なんですかそれ」
「天然で何考えてるかわかんなくて、遅刻魔で追試と補習ばっかの一年生」
「あはは、ひどいなあ」
「ほんとの事でしょー。・・・でもお兄ちゃんは、山岳の事は買ってたからなあ。能力が未知数だとか、集中力がすごいとか、よく言ってた」
「照れますね〜。でもさー、名前さんって自分のこと棚に上げてよく言いますよねー」
「え、何よ」
「福富さんのこと心配って言うけど。妹の自分だって、おにーさんの見えないトコでこんな事してるじゃない?」

ニヤリ、山岳が形の良い唇の端を持ち上げて、目を細めた。さっきまでの激しいキスを思い出して、思わず顔に熱が集まる。

「なっ!か、かんけーないでしょ、それとこれはっ・・・」

言いかけた途中の私の唇を、山岳の唇に塞がれる。言いたかった言葉ごと絡め取られるみたいに舌全体で深く口内を愛撫されていく。
名前。低い声で囁くように名前を呼ばれて、薄く目を開けると、真っ直ぐな強い瞳がすぐ近くで揺れている。こんな瞳も、こんな声色も、いつもは「天然」なんて言われてる普段の彼からは想像もつかない。

「・・・名前さんの、キスしてるときの顔がすきなんです。めちゃくちゃ可愛くて」
「う・・・わ、わかったってば、もう。ソレさっきも聞いた・・・」
「オレしか見れないキミの姿だよね。だけどさ、こんなオレも、キミにしか見せない」

山岳がもう一度、私の唇を熱のこもったキスで塞ぐ。
キスしてるときの私を、かわいいと、彼は言う。
だけどキスしてるときの山岳だって、くやしいけどめちゃくちゃ格好良い。




「だから、さ。そういう事なんじゃない?」
「え、なに。どういう意味?」
「福富さんにだって、きっとありますよ。好きな人にしか見せないカオってのが。だから、心配しなくても大丈夫だよ」
「えー・・・それはそれで、なんか寂しいかも・・・」
「・・・名前さんってさぁ。ちょっと、ブラコンだよねー」







もくじへ