- ナノ -

恋をしている君に、恋をしている。

〈 真波山岳/読み切り 〉
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「ねぇ、名前ちゃん」
「んー。山岳くん、ちょっとまって。今、手が離せないの」

ここへ呼び出したのは、確かにキミの方だったはずだ。それなのにキミのマシンガントークは、ある瞬間からぱたりと止まって今はもう携帯電話の画面に夢中になってる。

・・・まぁ、こんなのはいつもの事だけど。




キミに呼ばれてやって来たファーストフード店は、オレ達と同じく学校帰りと思わしき学生達の姿がちらほらとあった。手持ち無沙汰になったオレは紙のコップに入ったジュースをストローで吸ったけど、氷が溶けてすっかり味が薄くなってる。

テーブルを挟んで向かい側の彼女は、嬉しそうにケータイの画面を見つめてる。大方、"あの人"からメールでも届いたのだろう。
キミはいつだって、こうやって突然にオレを呼び出す。そのくせ片思い相手からメールが来た途端、オレの事なんて放置だ。




苗字名前ちゃん。オレよりひとつ年下の女の子。彼女とは親同士の仲が良く、小さな頃から家族みたいに育った。
小・中学も同じだったし、そしてこの春オレを追いかけるように箱根学園に入学してきた彼女は、たぶんオレの事をお兄ちゃんみたいに思ってるんだろう。悩み事があると、すぐ相談(というか、一方的なマシンガントーク)をしてくる。小さい頃から、どんな事でもオレに打ち明けてくれた。友だちとの事、家族との事・・・それから、恋の相談。

本人に自覚は無さそうだけど、案外惚れっぽい彼女は、恋をすると誰かに話したくてたまらなくなるタイプらしかった。オレはそれを、ただただ聞かされる役。昔から、ずっと、そうだった。

正直・・・それがこの頃、複雑で仕方なかった。



「メール打ってるんなら、オレもう帰っていいかなぁ。今日は部活もオフだから、山のコース行こうと思ってたんだけど」
「えーっ、まだ話の途中なのに。ねぇ、もうちょっと待ってて?今ね、さっき山岳くんに話してた男の子から、メールが来たの!あ〜でも、こんなにスグ返信したらウザいかなぁ?ねぇねぇっ山岳くんはどう思う?」

大きな瞳をキラキラと輝かせて、弾んだ声で名前ちゃんは言った。
多分キミは、オレの事なんて全く恋愛対象じゃないんだろう。
だからこうして気軽に誘うし、悩みだって何だって話してくれる。それはオレが名前ちゃんの近くにいるって証拠で、オレだけの特権だ。懐いてくれるのは、嬉しい。
だけど・・・。

それは、最大の障害でもある。

近すぎて、キミは見えてない。

オレがキミに、恋をしてるって事。




メール返信のタイミングについてアドバイスを求めてくる名前ちゃんに、ごめんわかんないや、とだけ返す。名前ちゃんは「えーっ」と言ってむくれたけど、ホントはわからないなんて嘘だった。

わかるよ、オレだってキミからのメールは嬉しくてたまらないから。返信した後は、今度はいつ返事が来るかなって何回もケータイ見ちゃうから。普段はケータイなんて放置のオレが、だ。重症だよね、我ながら。


人の気持ちっていうのは、むずかしいなと思う。
スポーツみたいに、自分ひとりの努力でどうにかなるものじゃないから。

オレは・・・キミに、幸せになってほしい。
だからどんな事だって応援してあげたいのに・・・なのに、苦しくてたまらない。
心のどこかで、この恋も実らなければ良いのにと小さく願ってる。
情けない。ちっぽけな男だと思う。




「え〜〜〜〜っ・・・」



楽しそうにケータイを見つめていた彼女が、急に悲しそうな声をあげた。喜怒哀楽の激しい彼女にとって、こんな一喜一憂はいつもの事だった。でもオレには、彼女の心をその程度に揺さぶる事さえ出来ないけど。

どうしたの。一応、心配してるフリして聞く。名前ちゃんは今にも泣き出しそうに眉を下げてる。

「今ね、同じクラスの女の子からメールきて・・・あの男の子、カノジョがいるんだって・・・」

へなへなとテーブルに突っ伏す名前ちゃんが可愛くて、よしよしと頭を撫でてやる。・・・内心すこし、ホッとしながら。

「ねぇ山岳くん、これってひどくない?!あっちからアドレス聞いて来たんだよ?なのに、カノジョが居たなんて〜!?しかも隣のクラスの、あの可愛い子だって!」
「うーん。カノジョいるのに他の子とメールするなんてヒドいね。よくわかんないけど」
「だよねー?!え〜っ、すごいショック、そんなチャラい人だったのかな。めっちゃ好きなのに〜・・・私の気持ちも知らないで、ひどいよ」

・・・その言葉、そっくりそのままキミに返すよ。
心の中で呟いた。

「んー、よくわかんないけど。そんなやつ、やめた方が良いんじゃない。キミを悲しませるような人なんか」
「でもでも、なんか諦め切れないよ。すごい好きなの、この人以外考えられない」
「えー。名前ちゃん、前の人のときもそやって言ってたよ。もっと、ちゃんとキミを大切にしてくれる人にしなよ」
キミを幸せにしてくれる人なら、オレだってまだ、諦めはつくのに。
「前の人とは違うもん、ぜんぜん!今度の人は、ほんとにほんとに好きなんだもん」
「でも多分その人と付き合ったら、名前ちゃんにも同じ事するんじゃないの。他の女の子にも連絡先聞くんじゃない、ソイツ。大事になんてしてもらえ無いんじゃないの」

オレだったら、そんな事しないのに。キミがいれば他には何も、いらないから。
名前ちゃんにさみしい想いなんてさせないし、キミの口から「あいたい」なんて言わせる前に会いに行くのに。どこへだって。

オレにしなよ。オレじゃだめなの?




「・・・山岳くんには、わかんないよ」

名前ちゃんの顔が、悲しそうに歪む。
高校生になって随分と大人っぽくなったキミだけど、泣きそうな時の顔は昔のままだね。懐かしくて、ずっとずっと大好きで、胸が音を立てて軋む。
だけどそんな悲しそうな顔が見たかったワケじゃ、なかったのにな。

「私のね、一番仲の良いお友だちがいるでしょ。あの子に最近、カレシができたの。はじめてなんだって・・・いいなぁーって、うらやましいって思うの。私も、ほしいよ。山岳くんはモテるから、私の気持ちなんてわかんないよ」

−−−キミだって、オレの気持ちがわからないじゃないか。


・・・このままいけば、オレはずっと名前ちゃんの隣に居られるだろう。昔から、家族みたいに育ったんだ。これからもきっと、その関係は変わらないだろう。

だけどそれじゃあ、彼女が恋する瞳でオレを見つめたり、弾んだ声でオレの名前を呼んでくれたり・・・オレの言葉ひとつに泣いたり笑ったりしてくれる事なんて、この先もずっと無いんだろう。


"じゃあ、オレと付き合う?"
そんなふうに軽くなんか、聞けるわけがなかった。なにかあればすぐに呼び出されるような、この関係を・・・オレは文句を言いながら、内心は居心地良く思ってる。
だからこの居場所を失うかもしれない、そんな賭け事をする勇気は、ずっと出せずにいる。






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