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- ナノ -


  もう一度会えたら



君が消えた15年前、僕は思い付く全てのすべを尽くして探した。
僕が原因なら何としてでも謝りたかった。本当は言いたい事があったのなら、ちゃんと聞いてあげたかった。
しかし家族すら行方を知らなかった状況から、最後の方はただ生きてさえいてくれればと願い探した。大袈裟に聞こえるかもしれないけど、本気でそう思ってた。

僕が騙されていたのか?なんて事も過ぎったけど、キミの部屋に置き去りにされた、僕の試合の新聞記事や大量のスコアを見たら、一体何が本当で何を恨んだら良いのか分からなくなった。
自分を責めて、自暴自棄にもなった頃もあった。ショックもすごく大きかった。
だけど何年か経つと、いつか会えたら何を話そう、なんて空想だけでも満たされるようになった。
だけど更にそこから何年も経つと、もう二度と会えなくても良いからせめて、どこかで幸せに生きててほしいと願うようになった。

次第に友人達も僕に気を遣ってか、彼女の名を口にしなくなった。眼差しも、心配から憐れみのそれへと変化していった。振られて逃げられた。客観的にみれば、そんなひと言で片付く程度の事なのだ。
彼女の事を知らない知人も随分と増え、時の流れの中では彼女の存在が "過去"になりつつあるのだと感じた。
僕だけは最後まで諦められなくて、忘れる事もできなくて、随分と粘った。
けれど彼女の為に、僕も、自分の人生を歩まなくてはならない事にも、薄々気付いていた。

だけど・・・出会った事も、一緒にいた事も、別れた事さえ無駄にしたくなかった。

君がくれた日々は、僕の未来を照らす"光"にしなくてはならないのだと決め、前に進んだ。



この15年で、僕の周囲は大きく変化した。
メジャーリーガーになったなんて知ったら、君はどう思うだろう?....結婚した事、子どもができた事、それから....離婚する事。君は、どう思うだろう。

メジャーに来て10年目のシーズンが終わった秋の暮れ。
結婚も大変だけど離婚するのはもっと大変、とはよく言ったものだ。キャンプの始まる年明けまでに色々な手続きを済ませてしまわねばならず、僕は一旦日本に帰っていた。

帰国の目的はもうひとつあった。
・・・もう一度、彼女を探そうと決めたのだ。
この長い年月で僕も随分と変わったけど、変わらないものがあった。それが今回、浮き彫りになったからだった。
だけれど失踪当時すら手掛かりさえ無かったものが、10年以上経った今は尚のこと薄れているだろう。


しかし、事は思いもよらぬ方向へ転換した。
彼女の実家へ向かう途中、バッタリとなまえちゃんのお母さんに出くわしたのだ。

なまえちゃんがいなくなった直後、僕があまりしつこく訪ねたせいか次第によそよそしくなってしまったお母さんだったけど、久しぶりに会うと気さくに「すごいわね、メジャーリーガーなんて」と話しかけてくれた。
うまくやれば、チャンスかもしれない。僕は、一か八かの賭けに出た。


「おばさんは、この頃もなまえちゃんに会いに行ったりするの?僕は・・・" 今年は " 、まだ行けてなくて」


当時、お母さんすら彼女の居場所を知らないようでとても心配していた。あの様子が嘘だったとは考えにくい。
しかし、流石に15年も音信不通という事は無いんじゃないのか。
けれど口止めされている可能性だってある。普通に聞いてもダメだと思った。
だからまるで近年会っているような口ぶりで聞いた。もしも今なまえちゃんが実家で一緒に暮らしていたり、僕とまだ会っていない事をお母さんに話していたらアウトな作戦だ。しかしこれが功を奏し、お母さんは「私も、しばらく行けていないのよ。さすがにちょっと遠くてね」なんて返してくれ、僕はしめたと思った。

お母さんを騙しているようで多少の罪悪感を感じながらも、話の調子を合わせながらいくつかの質問をした。時の流れは残酷だけど、救いでもある。お母さんは、僕等がもう仲直りをしているものだと勘違いをしてくれたようで、するすると話してくれた。


そのままの足で空港へ向かい、彼女の住む国へ行く飛行機のチケットをとった。....冷静になって考えれば、すこし気が違ってしまったかのような行動だ。
だけど迷いは無かった。
僕は真実が知りたい訳でも、仲直りがしたい訳でも無い。

会いたい。そして、たったひとつだけ伝えたい。それだけだった。





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