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- ナノ -


  もう一度会えたら 2



彼女の母親から聞き出したヒントは、こうだった。レストランで働いているという事。街の名前と、駅の名前。
まさか、居場所が外国だったとは・・・。

すぐ行動に移したは良いが、その国に着くと足がすくむ。
僕になど会いたくない可能性の方が高いだろう。
それにこの年齢だし、結婚しているか・・・そうでなくとも、恋人くらいはいるはずだ。
ただ会いたかった、なんて理屈が通るのだろうか?
長いフライトの間も、ずっと考えていた。




教えてもらったとおりの場所に、その店はあった。小綺麗な町の、小さなレストランで、ああ、なまえちゃんっぽいなと何故か思った。すこしホッとして、肩の荷が下りた心地がした。

・・・こんなところに、居たんだね。
そりゃ、あの頃あれだけ探しても見つからないわけだよ。
こんな遠くまで・・・君は、たったひとりで来たのかい?
それ程までに追い詰めてしまっていたのか。それとも、そんなに僕の事が嫌だった?


店に入り、席へ案内してくれた男性店員に、彼女を訪ねて来たのだという旨をこの国の言葉で伝える。飛行機の中で慌てて詰め込んだ付け焼き刃の言語だったが、「ああシェフの事ですか?」なんて思いのほか簡単に英語で返されてしまった。なんだ、英語が通じるのか。


程なくして、奥の扉から出て来た女性は、・・・―――まぎれもなく彼女だった。
何年も探した。
ずっと会いたかった。
突然僕の前から居なくなった、大好きな、女の子だった。
ヘアスタイルや纏う雰囲気が随分と変わっていても、彼女だとすぐに分かった。

「なまえちゃん」

咄嗟に席から立ち上がって、彼女の腕を掴む。

「良かった、」

―――そこから先の言葉が、出ない。
ずっと会いたかったはずなのに。
会えたら何を話そうか、何度も何度も描いていたはずなのに。




「わぁ、驚いたわ。寿くんなの?」




彼女は口でそう言いながらも、そこから先の言葉が続く分、僕よりも冷静なんじゃないかと思った。
「何年振りかしら?ねぇ、ちょっと外へ出て話さない?ここじゃ、他のお客様もいるし」
「あ、ああ....。分かったよ」

彼女はエプロンを外して、先程の店員に渡しながら、この国の言葉で二、三言なにか会話をしていたけど、僕には聞き取れなかった。

「お待たせ。さぁ、行きましょ?」

軽やかにそう言って、羽のように柔らかく笑いかける。長年の客商売で培われたのか、完璧な笑顔だ。
職業柄、どんな事態にも臨機応変に対応できるものなのだろうか。....もしくは、僕との過去などすっかり遠い思い出に終わってしまったのだろうか。

間違いなくなまえちゃんだと思ったけれど、人違いかと疑う程、彼女は変わってしまっていた。
見た目も然りだ。控えめで可愛らしかった彼女が、今ではキャリアを積み重ねた女性特有の、強さとしなやかな自信に満ちている。
やっと会えて、すぐ目の前いるのに・・・なまえちゃんを、すごく遠く感じる。



だけど、そんなのは店を出る瞬間までだった。
二人で外へ出て、隣に並んで歩いた。店内に居た時と彼女は打って変わって無言で、僕も相変わらず言葉を探し続けていた。
はじめは当てもなく歩いているのかと思っていたけど、店から少しでも遠くへ、そして人の少ない場所へ向かっているのだと気付いた。
大きな川沿いの公園のような所へ着いた時、彼女が立ち止まった。


「・・・・ごめんなさい」


今にも消えてしまいそうな細い声は、最後に会ったあの日のままだった。
怯えたような瞳から、大きな涙がポロポロと流れてく。衝動的に抱きしめようとした僕の腕を君は抑え、青い顔で罪人のようにうなだれた。そして、堰を切ったかのように話し始めた。

「私、酷い事をしたわよね。許してもらえるなんて思ってない。あんなふうに居なくなってごめんなさい。ずっと、騙していてごめんなさい。私、私....」
「ちょ....ちょっと待ってよ、」
「さっきはびっくりして....どうしたら良いのか分からなかった。お店での立場もあるし、あんな風にしか出来なくて....ごめんなさい。あなたには謝らきゃならない事が、沢山あるのに、」
「なまえちゃん」

彼女の言葉も、涙も、止まりそうにない。僕は一度、強く名前を呼ぶ。
濡れた瞳が僕を見た。年相応に洗練された顔が、深い絶望に歪んでいる。
....そんな哀しい顔が見たくて来たんじゃないのに。

「別に、謝って欲しいわけじゃないんだ。それに謝りたい事なら僕にだってある」
「貴方は何も悪くない、悪いのは全部私で、」
「そんな話がしたいじゃないんだよ・・・ただ・・・、君に会いたかっただけなんだ」
「・・・え・・・?」
「会いたかった、ずっと。元気そうで良かった。シェフなんだって?すごいじゃないか。なまえちゃんの事だから、きっと真面目にがんばってきたんだろう」
「・・・貴方の方が、すごいじゃない・・・メジャーリーガーなんて。・・・っていうかあんな別れ方されて、よく真面目だなんて言えるわね」


なまえちゃんは、眉をひそめた。それから、すこしだけ笑ってくれた。
久しぶりに見れた、彼女の本当の笑顔だった。



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