影山 飛雄
- ナノ -


変わらない君





俺が北川第一中学に入学して、一年が経った頃。

二年生になって間もないその日、部活は後半が自主練って事になってて、俺はニガテなトコとか目一杯練習できるじゃんって、夢中になってボールを打った。

「・・・影山くん、そろそろ帰らないと」

名前さんに声をかけられて、ハッとする。

体育館の窓から見える空は、もうすっかり暗くなってて。広い館内にはもう、オレと名前さんしか居なくなってた。
・・・ヤバイ、ぜんぜん気付かなかった!
オレひとりのために名前さん、残っててくれてたのか!?

「名前さんっ・・・スミマセン。俺のせーで名前さんまで、帰んの遅くなっちゃって」
「え?あ、いや、気にしないで。でもさすがに、もう帰ろっか?」

名前さんは、あっけらかんとした様子でオレが散らかしたボールを拾いはじめた。
・・・やさしいよな、まじで。
三年生になって、すこし大人っぽくなった彼女の横顔をみてそんなふうに思ったら、心臓がドキドキと高鳴った。


名前さんのコト好きになって、一年が経つ。
・・・俺はまだ、この気持ちは伝えてない。
だから、こうやって俺に付き合って居残りしてくれるのだって、彼女が俺を特別に思ってるからじゃないって事だってわかってる。
これが俺じゃなくて、幼馴染の及川さんや岩泉さんだろうと、俺と同学の金田一や国見だろうと、名前さんは同じように居残るんだろう。
名前さんにとって、俺だけが特別なんじゃない。バレーが好きで、このチームが好き。それだけの事なんだ。
・・・胸が、ぎゅっと苦しくなる。

だって俺にとって特別なのは、名前さんだけだから。

ほんとは早く、俺だってアンタの特別になりたい。







俺ら二人は学校を後にし、並んで見慣れた通学路を歩いた。

俺が居残りで練習をすると、名前さんはいつだって最後まで付き合って片付けなんかをしてくれた。
だからこうして一緒に帰る事はもう、両手で数えきれないくらいになった。

・・・あと何回、一緒に歩けるだろう。

俺が二年になったって事は、名前さんは三年になったって事で。・・・つまり、もうすぐ卒業しちまうって事。


「影山くん。新しいクラスは慣れた?」


隣を歩く彼女の質問に、まぁそうですね、と曖昧に答える。このところの俺にとって正直、クラスの事なんかよりもバレーの事のほうがずっと大事になってて。
教室にいたってクラスのヤツとそんなしゃべるワケじゃねえし・・・かといって、バレー部のヤツとしゃべるワケでも無いけど。
・・・あれ?バレー部中心に生活がまわってるはずなのに、なんで部活のヤツとも話して無いんだ?
そういえばこの所、なんとなくチームメイトと噛み合わない事がある。

俺の返答に名前さんは、「影山くんは相変わらずだね」って笑った。

「二年生になっても、影山くんは変わらないね。とくに、バレーしてるときの顔とか。きらっきらしてるもん」
「そっスか?・・・変わった事も、ありますよ」
「えー?あはは、ないない。夢中になると、周りが見えなくなるんだもん。今日だって、集中して自主練しすぎて、時間とかみてなかったんでしょう?そういうトコ、すごいなって思うけど・・・でもすこし心配。周りをみることも、大事でしょ・・・その、バレーって、チームスポーツだから」

・・・心配?
どういう意味だ。
俺が、まわりを見えなくなる事が・・・心配?帰る時間が遅くなるからだろうか。


「大丈夫っス。腹が減ったら、時計見るんで」

そう言うと、名前さんは一瞬ポカンとしてから可笑しそうに笑いだした。

「あははっ。影山くんって・・・ふふ。ほんと、楽しいよねえ」
「は、はぁ!?」


クソッ。な、何なんだよ!?
・・・ほんと、いつまで経っても後輩扱い止まりなんだな・・・。

"影山くんは、変わらないね。"
−−−褒め言葉のつもりだろうか?
俺は、早く変わりたいのに。

もっとバレー、うまくなりたい。
できるプレーも、ゲーム判断できる知識も、もっと増やしたい。

それから・・・
早く、アンタに特別扱いされる存在になりたい。
選手としてだけじゃなくて、俺が名前さんを想ってるみたいになりたい。


「・・・名前さん。俺、ちょっとずつだけど変わってきてるつもりっス」


俺は歩みを止めて、彼女の方を向きなおる。
不思議そうなカオした名前さんの片手をとって、ぎゅっと握る。
名前さんは数秒固まった後、この状況がやっとわかったみたいで真っ赤になってうろたえた。


「へっ・・・え?!かげ、かげやまくん、手、手っ、」
「・・・ちゃんと見てください。俺の事」

真っ直ぐに見つめたら、彼女と目が合ったのはほんの一瞬でまたすぐに逸らされてしまった。
かわいい。かわいくてやっぱり、すごくすごく好きだ。出会ったときから、ずっとだ。
でも、だからこそすげぇもどかしい。

ちゃんと、見てくれ。
俺はまだアンタにとって、同じ部活のただの一員でもいい。沢山いる後輩のひとりだって、かまわない。
・・・でも今、この瞬間だけでいいから・・・俺の事だけ、見てほしかった。

やりきれない想いを手のひらに込めて、名前さんの小さな手をぎゅっと握った。



「俺・・・背、のびました。・・・すこしずつだけど、アンタに近づいてるつもりなんだけど」



いつまで経ってもこっちを見てくれない名前さんの事が焦ったくなった俺は、手を繋いでいない空いた片手で彼女の頬に触れ、すこし強引にこちらを向かせる。
至近距離で視線がぶつかって、名前さんの瞳の中にやっと俺の姿が映る。

名前さんは更に顔の熱を高めた後・・・なにかに気付いて、その綺麗な瞳をぱちくりさせた。



「あ・・・ほんとだ。背、私たち同じくらいになってる・・・」



そう言って揺れた彼女の瞳に映るのは今、俺だけ。
・・・やりきれない想いが、すこしだけ満たされる。




俺がもっともっと努力すれば絶対、バレーもうまくなる。そしたらチームだって勝てる。
名前さんへのこの気持ちだって、きっと同じなんじゃないか。


そう信じて疑わなかった。
"バレーってチームスポーツなのに、影山くんは時々周りが見えなくなるから心配"・・・・
−−−そう言った彼女の言葉の、本当の意味を・・・その時の俺はまったく、わかっていなかったんだ。









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