影山 飛雄
- ナノ -


コート上の王様




北川第一中学でのマネージャーを経て、私は晴れて憧れの烏野高校バレー部のマネージャーとなった。

この高校に、小さな巨人も通ったんだ。
この門を通って、この靴箱を抜けて・・・って、いちいち全ての事に感激しっぱなしの日々を過ごしていた。

部活が始まってからは尚の事忙しく、母校の北一には卒業後、一度も顔を出せていなかった。


・・・けれど先日、やっと北一のバレーを見られる機会があった。
烏野バレー部の部員数名で、下の代の視察も兼ねて中学大会を観戦に行くという。
私は、自分なんかが行って良いものかなとドキドキしながらも名乗り出て、一緒に連れて行ってもらったのだった。




−−−あの時見た影山くんの姿が、あれから頭から離れなくて・・・。このところ私は、妙に心が落ち込んでいる。


久しぶりにみた、後輩たちのバレー。
まず影山くんのプレーは、ますます上手になっていた。
背もグンと伸びて、カッコよくなってて。どうしてだかすこし、ドキドキした。

始めはすごく楽しかったんだけど、試合が進むにつれて、ある違和感に気がついた。

影山くんと、他のチームメイトとの距離感。
影山くんの態度、周囲との温度差。
そしてなにより・・・影山くんが、楽しそうじゃなかった。
昔みたいに、キラキラとボールを追いかける彼ではなかったのだ。





「・・・と、いう事がありまして・・・」


なんとかしなくちゃ。
漠然とそう思ったものの、すぐ行動に移せるわけでもない意気地のなしの私は、幼馴染のトオルちゃんの部屋へと相談に来ていた。



「・・・フーン、飛雄の相談?」


私が家に来たときは、いつものようにニコニコと気分良く迎えてくれたというのに。
本題を告げたとたんに、ご機嫌ナナメになってしまったようだ。


「う、うん・・・」
「はぁーーー。こんな夜に突然名前が来たから、何かと思えば!及川さん、練習で疲れてるんですけど!」
「う。ご、ごめんね・・・」


私が烏野に入ってからというもの、ただでさえ機嫌の悪いトオルちゃん(自分と同じ、青葉城西に進学してほしかったそうだ)。
家へ来た理由が、影山くんの事と知ってますます眉間にシワを寄せた。
でも、なんだかんだと言ってさり気なくジュースやお菓子を差し出してくれるあたり、やっぱりトオルちゃんは優しい。


「で。名前は、どうしようっての?」
「影山くんに、私がなにかできないかなって・・・。アドバイス、なんてそんな大それた事ができるとは思わないし、今が大会中の大切な時だってのはわかってるんだけど・・・話を聞いてあげたりとか何かできないかな、って・・・」

そこまで聞くとトオルちゃんは、私たちの間にあるテーブルに頬づえをついて「やめなやめな」と言った。

「今の飛雄の事なら、俺も噂とかでも聞いたしちょっとは知ってるけどさ。そんなふうになるまでにも散々、周りのヤツらや先生からの忠告はあったハズだよ。でも、飛雄が聞かないからそうなっちゃったんでしょ。もう今、誰が何言っても無駄。自分で気づくしかないよ」

トオルちゃんの言うことは、正論なんだろう。
でもどうしてだか私は、そうだよね、と引き下がる事ができなかった。

あの日の影山くんを見てから、私は無性に悔しいのだ。
だって影山くんはきっと、純粋にバレーが好きな、だけなのに。
時々表現がぶっきら棒なトコとかあるから、もしかしたらそういう事の積み重ねで少しずつすれ違ってる、だけなんじゃないかな・・・?

それなのに・・・『コート上の王様』だなんて、チームメイトから呼ばれてるなんて・・・。
そんなのって、悔しいし、悲しいよ。

やりきれない気持ちが込み上げて、膝の上で拳をぎゅっと握った。



「そうかもしれないけど・・・でもやっぱり、気になっちゃって」
「・・・フーン、なるほど。名前は自分のコト、飛雄にとって特別だって思ってるわけか」


何もかも見透かしたような瞳で、トオルちゃんはそう言った。

「誰のアドバイスも聞かなかった飛雄だけど、自分の言う事なら受け入れてくれるんじゃないかって思ってるわけね」
「えっ!?いや、そんなこと思ってないよ、・・・た、たぶん」


・・・正直、図星かもしれなかった。

確かに私は、影山くんの事は特別に仲の良い後輩だと思ってる。
影山くんが私の事、同じように思ってくれてるとは限らないけど・・・。

−−−ふいに、いつかの帰り道に影山くんが私の手を握った事を思い出し、胸の中がすこしくすぐったくなる。
影山くんはあんな昔の事、もう覚えてないかもしれないけど・・・というか、どうしてあんな事したのかも、未だによくわからないけど。(影山くんってバレーは凄いんだけど、それ以外ではちょっと天然ぽいトコあるからなぁ。)
・・・でも、ちょっとは慕ってくれてるんじゃないかって期待してる。


だから、もしかしたら私でなにか力になれるんじゃないか・・・なんて思ってしまうのは、おこがましい事かなあ。

トオルちゃんが出してくれたジュースの、コップの氷のカランという音が静かに鳴った。
口をつぐんだままの私に、トオルちゃんは今日何度目かわからない溜め息をついた。


「・・・ったく。頑固だねぇ、名前は。大人しそうな顔してさぁ」

そう言うとトオルちゃんは、自分の中指を弾いて私のおでこにデコピンを食らわせた。

「痛ッ・・・も、もう、トオルちゃん!?」
「だって、そーでしょ。俺が青城に来いって何ッ回も言ったのに結局烏野に進学しちゃうしサ。今日の話だって、相談とか言って結局は自分で決めてきてるだろ?ほんっと頑固」

呆れたように笑うトオルちゃんに私は、ホッと胸をなでおろした。

・・・たしかにトオルちゃんの言うように、もう半ば自分で決めていた事なのかもしれない。

お節介だって、わかってる。
でも、もし・・・ほんのわずかな可能性でも、彼の力になれるなら。
そう思うと私は、いても立ってもいられなかった。



「・・・全く、幸せ者だねぇ飛雄は・・・。ま、もし飛雄になにか意地悪な事でも言われたら、すぐ俺のとこにおいで!及川さんが慰めてあげる!」
「あはは、影山くんはそんな事しないよー」


両手を広げて、飛びこんでおいでと言わんばかりのトオルちゃんの冗談を私は笑い飛ばした。

なんだか、気持ちがほぐれた感覚がする。
・・・きっと、大丈夫だ。
なんとかなる。
なんの根拠も無いけど、そう思えた。
きっと影山くんは私の話は聞いてくれる・・・そんな気がする。




「じゃあ、トオルちゃん。また、報告するね」


ありがとう、と私が告げるとトオルちゃんは呆れたような・・・すこし心配そうな笑顔で、見送ってくれた。









もくじへ