影山 飛雄
- ナノ -


もう大丈夫 2






「だから、提出してくれないと困るって言ってるじゃないですか!あと、あなたのクラスだけなんですよ!」

東側の校舎にある屋内小練習場へ着くと、後輩の威勢の良い声が聞こえてきて私は内心ホッとした。乱暴されたりだとか、最悪の事態にはなっていないようだ。
室内には私の後輩と問題のサッカー部員、そして彼の友人らしき男子がいた。
曲がりなりにも運動部とは思えない、ダラリとした制服の着こなしの男子二人に後輩は果敢に立ち向かっていた。牛島とは大違いだわ、と私は彼らに軽蔑の眼差しで一瞥した。
ガラリと広い空間に私の靴音が響くと、後輩は安心したような表情でこちらを見た。・・・本当はきっと、怖かったのだろう。

「・・・会長!・・・この方、プリントは持っているようなんですけど、提出してくれなくって・・・」
「貴方、なぜ出さないの。期日は今日だし、貴方一人の行動が全体の迷惑になるのだけれど」

男子二人を前に、我ながら堂々とそう言えた。そして、確信した。私は男性恐怖症を、完全に克服したのだと。

「あぁ?!しつけぇな、なんで俺がンな事しなくちゃなんねーんだよ。実行委員なんて、引き受けた覚えは無ぇんだよ」

成る程、この押し問答で後輩は手を焼いていたわけか。
ラチがあかないと早々に感じた私は、後輩に「先生を呼んで来て頂戴」と伝えた。

「で・・・でも、会長・・・その、大丈夫なんですか。私が行ったら会長が、その、ここに男と残る事に」
「貴女に怖い思いをされてしまったわね。私が来たのだから、もう大丈夫よ。さぁ、ここは任せて、貴女はお行きなさい」

私が微笑むと彼女は安心したのか、コクリとうなづいてその場を後にした。


「・・・へーえ、ラッキー!名前サマとお近付きになりたかったんだ〜俺。去年同じクラスだった時、話しかけてもシカトだったじゃん」
「男嫌いって噂だったけど、こんな場所で俺らの事独り占めしようなんて、ひょっとしてビッチなの?」

ギャハハ、と下品な笑い声を挙げる彼らを眉をしかめて見るも、余計に駆り立ててしまったようでヒュウと口笛を吹いて冷やかされた。
なんて愚かな生き物なのだろう。牛島とはまるで違う、と私は再び思った。
恐怖症は克服したけれど、やっぱり男なんて大嫌いだ。・・・きっと牛島だけが、特別なのだ。


「・・・貴方にとって、どれだけやりたくない事なのかは私にはわからないけれど。私の後輩は、勇気を出して年上の貴方に言いに来たのよ。それなのにあの様な態度はあんまりじゃないの?引き受けた覚えは無いと言ったけれど、それでも貴方が実行委員な事に間違いは無いのに」
「面倒くせぇし、もう全部どーでも良いんだわ。このまま白鳥沢の名前さえありゃ、中の上くらいの大学には行けるしさ。・・・ってかさー、名前サマって、サスガ生徒会長って感じ?すげぇ正論。でもそーゆーの、一番腹立つんだよなァ」

そう言ってその男は、私の手首を強引に掴んだ。
触れられた途端、視界がグラリと歪んだ。・・・どうしよう・・・まさか、この感覚は・・・


「あれぇ?名前サマ、お顔真っ青じゃん。もしかして男嫌いなんじゃなくて、オトコノヒト苦手〜ってやつ?ハハッ、可愛い!」
「クッソ腹立つからさ、コイツこのままどっか連れ込んでイタズラしちゃおうぜ」
「ふ、ふざけないで。・・・手を離しなさい」

身体中から嫌な汗が出るようだった。酷く気持ちが悪く私は言い返すのもやっとで、その汚らわしい毛を振り解く事もできない。
男二人は益々調子に乗って私に近付き、ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべて舐め回すように見た。

「イイね、お嬢様を二人がかりで犯すのなんてAVみたいで」
「で、でもさ、さっきの女、先生呼びに行ったんじゃ・・・」
「バッカ、ここから職員室のある校舎までどんだけ離れてっと思ってんだよ。今のうちにコイツ連れ出しちゃおうぜ。なんか知らんけど、急に大人しくなったし」
「・・・ナルホド。それにプライドの高い名前サマなら、ヤラシー写真でも撮っちゃえば人にチクったりできなさそーだしな」


掴まれている手の感触がおぞましくて、彼らの存在そのものが恐ろしくて、声をあげる事も逃げ出す事もできない。息が苦しい。
後輩を助けに来たはずなのに、なんという情けない事だろうか。

−−−その時。
私を捉えていた男の手首を、もう一回り大きな手が捉えた。












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