影山 飛雄
- ナノ -


もう大丈夫






牛島若利とお昼休みを過ごすようになって、二ヶ月が経とうとしていたある日のこと。
私は放課後になるや否や、生徒会室へと足早に向かっていた。もうすぐ今年1回目の学校見学会や、スポーツ大会がある為今日はやる事が山積みだったからだ。
やる事もだが、考えなくてはならない事も山積みであった。・・・牛島との事であった。

自分でも、わかっていた。この関係は友情でも、ましてや恋愛でもなく、言わばただの契約なのだ。そしてその約束を、本当ならもうとっくに終えなくてはならない事を。
私の男性恐怖症克服の為にとお昼休みを過ごしているはずだけれど、正直彼とごく自然に話せるようになってかなり経つ。それどころか、以前は牛島の肩をかりて居眠りまでしてしまった。

牛島にとっても、この約束が早く終わる事が一番のはずだ。あれから私は、彼の栄養バランスが心配でお弁当を作ってはいるけれど、本来なら彼とて食堂で友人達と過ごしたいはずだ。
東側の校舎にある屋内小練習場だって、早く使いたいはず。あの場所は、元々使われていない場所なのだから男子バレー部に割り当てを替える分には何の問題無い。
私も随分と男性に慣れた−−−もう、克服したと言えるかもしれない。
だからもう、牛島と過ごす理由なんて何も無い。何も無いはずなのに・・・どうして私はこんなに、ぐずぐずしているのだろう。
そうして結局、二ヶ月も経ってしまった。


生徒会室に入ると役員達は忙しそうに机に向かっており、流石に今日は窓の外を眺めている者は一人も居なかった。
私も早く仕事に取り掛からなくては・・・そう思った時、一人の後輩が声を掛けて来た。以前牛島が生徒会室に来たときに対応をした彼女だ。今日も二つに纏められた髪を、顔の横に可愛らしく揺らしている。

「会長、私これからすこし生徒会室を出て来ます。スポーツ大会のプリントが今日締め切りだったのですが、あとひとつだけ出ていない三年生のクラスがあるので、その実行委員の所へ回収へ行って来ます」

スポーツ大会とは運動会のような事をクラス対抗でする行事で、各クラスから代表を選んで実行委員を作り、生徒会と合同で企画運営をしている。
彼女はその各クラスの実行委員が提出するプリントの回収を担当していた。
手元の情報で確認すると、そのクラスの実行委員は男子サッカー部の生徒だった。確か私と去年同じクラスだったけれど、大怪我をして以降ふてくされてしまい、今は不良のようになってしまっていると噂で聞いた。
進学校である白鳥沢学園の生徒は、学業に精を出すか、もしくは部活動で全国を目指す為に通っている。よってそのどちらでも無い彼のような生徒に、こういったイベントの実行委員が押し付けられる事は少なくない。

「回収は良いけど、もう帰っているかもしれないわよ。サッカー部にもほとんど行っていないようだし」
「それなら、情報入手済みなのでご心配なくです!どうやら毎日のように、放課後は東側の校舎にある屋内小練習場でおしゃべりしてるらしいんですよ」

その場所の名を出されて、私はギクリとした。・・・何て事、不良の溜まり場になりつつあるだなんて。
これは学園の風紀の為にも、いよいよ本当に牛島との約束の終わりを覚悟しなくてはならないのかもしれない。

「でも、大丈夫なの?そんな素行の悪い、しかも男の所へあなた一人で行くなんて・・・」
「大丈夫ですよ!もう、名前会長ったら男子の事をいつも悪者にするんだから〜」

私は少し心配になりながらも、かといってこの修羅場状態の生徒会室からもう一人送り出せるわけでもなく。
張り切って出て行く彼女の背中を、見送るしか無いのだった。








「ねぇ、さすがに遅いんじゃない?」
「いくら東側の校舎っていっても、プリント一枚でこんなにかかるわけ無いわよね」

仕事をしながら、役員たちが心配そうに時計とドアをちらりちらりと見ている。
私も腕時計で確認すると、彼女が出て行ってから一時間近くになる。移動の時間を考えたとしても、さすがにちょっと掛かりすぎだ。

「・・・もしかして、モメてたりなんて・・・しないわよね」

皆が胸の内にちらついていた予感を、ひとりの役員が口にした。・・・考えたくないけど、ありえる事だ。

「・・・私が見て来るわ。丁度、今やっている仕事も区切りがついたし」

他の役員は手が離せそうに無いし、それにもし困った事になっているのならば最上級生で生徒会長の自分が行くのが、一番効果的なはずだ。
そう思い立ち上がった私を、皆が驚いたように見た。

「えっ・・・か、会長、見て来るってどこへ」
「東側の校舎にある屋内小練習場よ。彼女はそこへ行くと言っていたじゃない」
「だって、男子ですよ!男子の元へ、あの子は行ったんですよ!?会長、大丈夫なんですか」
「大丈夫って、何の事よ?」
「だって会長・・・男嫌いなんじゃ」

心配そうに見つめる役員たちに、私はふんと鼻を鳴らして得意げに言った。

「・・・確かにね。でも、嫌いだけれど苦手だなんて私がいつ言ったわけ?」

おおーっ、と生徒会室に謎の歓声が上がった。
そう、私は男性恐怖症を克服したのだ。
明日にでも牛島に、約束の終わりを告げよう。あの練習場が不良の溜まり場になっているのならば尚更のことだわ。

この約束が終われば、私と牛島を繋ぐ物は何も無くなる。それが、何だと言うのだ。
牛島と出会う前の日々に戻るだけ。ただ、それだけだ。











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