影山 飛雄
- ナノ -


彼の教室 3

「苗字先輩、チワッス!何か俺に用事……って、影山ぁ?なんでオマエも一緒なんだよ」
教室に着き日向くんを呼んでもらうとすぐに出てきてくれて、そして私の後ろに立つ影山くんを見つけ、眉を寄せた。
「名前さんがオマエに用事だっつーから一緒に来た」
「えっ何ソレ。影山くんいります?」
「なんだと、コラ!」

この二人って、息はピッタリなのに本当すぐにケンカになる。いや、合いすぎてこうなるのかしら?
…っていうか影山くん、自分も日向くんに用事がある訳じゃなかったのね…。

言い争いを制し(この二人の部活後練習に一緒に残る事も多くて、最近はこの役割にちょっと慣れてきた)、日向くんにプリントを渡す。
説明をしていると、影山くんが横から覗き込む。


「名前さん、ここってどう書いたら…」
「ああ、そこはね、」
私達の会話を、日向くんがなぜかこちらをジッと見つめる。
「日向くんも、何か分からない所あった?」
「あっ、イエ」
「そう?なんか、真剣にこっちを見てたから」
「うーん。や、影山って、苗字先輩といる時 そんなカオすんのなーって」
「そんな顔って?」
「なんつーか…ホワァーって、フワーッて……部活中もそんくらい穏やかな顔しろよなァ」
「アァッ!?」


再び始まってしまったケンカに苦笑いしていると、背後から「あ、ここに居たんだ」と聞き覚えのある声が。振り返ると月島くんと山口くんが、運動部的な挨拶をしてこちらへ近付く。


「なんだよ、ここに居たんだ、って」
二人を見て眉を寄せる影山くんに、山口くんが答える。
「今クラスの奴に、影山って二年生と付き合ってんの?ってきかれたから。苗字先輩が来てるのかなって」
「どーせまたイチャイチャしてたんでしょ」
呆れた様子で言う月島くん。
ーーーつ、付き合ってる!?
さっき二人で話してる所を見た人が、そう言っているんだろうか。



「え?影山と苗字先輩、そうなの?」



日向くんが、真っ直ぐな瞳で私達を見る。
つ、付き合ってない。けど……。
ん?「けど」?何考えてるの私ってば、付き合ってないでしょ…。

すぐ否定して良い事のはずなのに、なぜだか妙な間が空いてしまって。ちら、と影山くんの顔を見る。
すると彼もまた、困ったように私を見てる。頬を染め狼狽えて、言葉を探しているようだった。


「え……まさか影山、ほんとに…?」
不思議な沈黙を不審に思ったであろう山口くんが、青ざめた顔で聞いた。




「……う、ウルセーよお前ら、カンケーねぇだろ、ボゲ!」

真っ赤になりながらどうにかそう言った影山くんに「何キレてんだよ」「否定しないって事は、まさか」「王様っていつもそれしか言えないの」と、日向くん達が捲し立てた。
影山くんが更に言い返し、ヒートアップする中で昨日の部活で腹の立った事なども話題に出てきて、もはや私とどうとか、当初の話など忘れ去られていそうな雰囲気だ。



「あ、あのー…私は一年生に渡す分のプリントを持って来て…影山くんはそれで一緒にいただけで…」



おずおずと手を挙げて言うと、4人の視線が一斉に集まる。

「なーんだ、やっぱそっかぁ。だよなぁ、まさか影山が苗字先輩と付き合ってるわけないよねー」
「月島と山口、プリントもらった?放課後までに書いてほしいんだって」

山口くんと日向くんが笑い合う中、月島くんだけは静かに私を見てる。伺うような視線だった。少し気になりながらも全員に配り終え、ミッションコンプリートだ。
終えてみれば、全ての教室をまわらなくても皆の方から集まってきてくれた。一年生ってこう見えて、結構まとまってるんだよね。
…縁下くんは、大丈夫だったかしら?


プリントの説明を終え、それぞれの教室に戻ることにした。
二年生のフロアに戻る階段に差し掛かったとき呼び止められ振り返ると、影山くんがひとり、そこにした。そして、「すみませんでした、アイツらうるさくて」と気まずそうに眉を寄せた。

「ううん。いつも賑やかなのね、部活じゃなくても」
「名前さん、さっきの、俺……」

影山くんは真剣な眼差しで、声を揺らした。
自分の学ランの胸のところをギュッと掴んで。でも、言葉を噤んで口を一文字に結んだ。諦めたようにも、決意したようにも見えた。


「ーーーなんでも、無いです。じゃあ放課後、部活で」
「……影山くん!」

立ち去ろうとした彼を呼び止めると、すこし驚いて振り返った。

「私また、影山くんの教室行っちゃおうかな」
「え!?嬉しいっスけど…でもまた、付き合ってるとかって言われるんじゃ」
「いつ行くか分からないから、あんまり居眠りしちゃダメだよ」
「はぁ!?…ちょ、なんだよソレ…!」


影山くんの考えてる事は、わからないけど。でも、前よりは少しだけわかる。
今なにを言おうとしたのかはわからないけど、でもさっき皆に冷やかされた時に答えられなかった理由は…思い上がりでなければ、私と同じなんじゃないかな。
だからこれは、鈍感な影山くんに、いつも揶揄われているちょっとした仕返し。


私は今、自分の気持ちはもう、ちゃんとわかってる。

影山くんと過ごす時間がすき。影山くんといる時の自分が、すきだ。





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