影山 飛雄
- ナノ -


部内恋愛



靴箱に寄りかかっていると、友人同士で校舎から出て行く女の子達や、部活に向かう男子達が何人も私の目の前を横切っていった。
私はいつもなら放課後はすぐに部活だから、こんなふうに帰宅する他の生徒をぼうっと眺めるのなんて入学してから始めてかもしれない。今日は、久々の部活オフだった。


「おー、名前じゃねーの」


顔を上げると、帰り支度をした田中くんが現れた。

「まだ帰んねぇーの?貴重な部活オフだろ〜」
「待ち合わせなの」
「ナルホドな。誰待ってんの?彼氏か〜?」
「ううん、影山くん」

そう答えると、田中くんはあからさまにニヤニヤと私に詰め寄った。

「へえ?へええぇぇ?オフなのにわざわざ待ち合わせて、影山と?」


な、なんだか改めて言われると、恥ずかしくなるけど・・・。


遠征が終わってからというもの。なんだか影山くんが・・・人懐っこい?というか・・・。

この間、プリントを届けに影山くんの教室へ行った後もそうだ。
『また教室に行っちゃおうかな』というのは冗談のつもりだったから、そのままになっていたんだけど、数日経ってからメールで「教室来ないんですか?」と届いたり。
(可愛くてこっそりキュンとしてしまった)
(「用事があったら、行くね」とひとまず返したけど、もしかしてあれから居眠りしないで受講してたってこと?…かわいすぎる)

それから時々他愛もないことでメールしたり、廊下ですれ違ったら挨拶だけじゃなくてすこし話したりするようになった。
そして、メールは今日も届いた。
『今日、一緒に帰りませんか』、って。
今まで、偶然会ってって事は何度かあったけれど、わざわざ約束をしたのは初めてだった。




東京遠征の、あの日。
影山くんは、俺の事だけ見ててほしいと言った。相談したり、頼ったりもしてほしいとも。
−−−そしてそんな彼が、私にキスをしたという事。
それが、どういう事なのか。さすがの私でも、もうわかってしまった。




「ヘえ〜・・・ふーん。影山のヤロー、追い込みかけてきたかぁー」
「な、なによう。にやにやして」
「ナンだよ、人の事言えんのかよ。ハッハーン、名前もまんざらじゃねぇな?"放課後デート"!」
「そ、そんなんじゃないってばっ」

田中くんとじゃれあっていて気付かなかったけど、背後に長身の影が揺れる。振り返ると月島くんが、不機嫌そうに眉を顰めている。
「ちょっとスミマセン。ジャマ・・・じゃ、なくて・・・通れないんですけど」
「おー月島。ってやっべ、俺もダチ待たせてるんだった。じゃーなー!名前はデート、がんばれよ〜!」
「もう、デートじゃないってば」

田中くんの背中に向かってそう言うと、私の隣で月島くんが「へえ、デートですか」と、言葉とは裏腹にまるで興味のなさそうな声色で呟いた。


「違うってば、あれは田中くんが勝手に」
「…本当だったんですねぇ。王様と、苗字センパイが付き合ってるって噂」
「王様…って、影山くんのこと?その呼び方、影山くん嫌がるよ」
「へーえ、さすがカノジョ」
「だから、違うってば」

月島くんの、冗談なのか嫌味なのか分からない言い回しに、すこしだけ心がザワつく。


「月島くん。私たち、本当に付き合っていないよ」
「……ドッチでも同じじゃないですか?」
「どういう意味?」

聞いても、月島くんは何も言わない。けれどなぜだか、この場を立ち去ろうともしない。
靴箱を抜けて校門へ向かう他の生徒達は私達など見えないみたいに、流れるように通り過ぎてく。



「部内で恋愛してる人がいたら、月島くんは迷惑?」



前に黒尾さんに、どちらかひとつ選ばなきゃいけないとしたらどうしたら良いかを相談した。
私は、バレー部が好きで。
でも影山くんのことも…。特別に好きなのだと、気付いてしまった。

影山くんへの想いをこれからも持ち続けていく事が、他の部員の迷惑にならないかを考えないわけじゃなかった。
以前菅原さんに、付き合ってるの?なんて軽く聞かれたから、気にとめられない事なのかもしれない。
もしくは主将の澤村さんに改めて聞いた方が良いのかもしれない。

月島くんは、どう思うだろう。
例えば影山くんとこれから3年間プレーをする、彼ならば。


私の質問に、彼は一瞬、瞳を丸くした。だけどその後の眼鏡を正す仕草に隠れて、表情が分からなくなる。
月島くんの答えを待つ。背が高くて、見上げる形になる。影山くんより、大きいんだものなぁ。


「僕に聞いてどうなるんですか?迷惑だったらやめるんですか?そんなの、僕のせいみたいじゃないですか」


…そうじゃなくて…意見を聞きたかっただけ。
でも確かに、私はよく人に相談をしてしまう。でも、自分で決めなきゃいけない。大切な事だからこそ。

 

「名前さんっ!」



月島くんにそれを伝えなきゃと思った時、息を切らした影山くんが現れた。

「待たせてサーセンッ。担任につかまって」
「そんなに急がなくても大丈夫だったのに…ふふ、靴ちゃんと履けてないよ」
「イヤ、だってせっかく名前さんと ……って、あ?なんだ月島、オマエいたのか」
「ハイハイ。じゃ、僕は帰るんで。心ゆくまでイチャイチャしてくださいな」
「はぁ!?月島オマエッ、何言って……!?」

真っ赤になって叫んでる影山くんの隣で私はまだ、月島くんとの話が途中な事が気掛かりだった。
だけど、「...んじゃ、行きましょうか」って言って、影山くんが私の手を握るものだから。びっくりして、ドキドキして、雲の上を歩くような足取りで学校を後にした。








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