影山 飛雄
- ナノ -


彼の教室 2

「あの、影山くんはいますか?」

教室前方のドアから顔を覗かせ、丁度近くにいた男子生徒にそう声をかける。するとその子は目を丸くして、影山くんの名前を呼びながら大袈裟に教室内を掛けていく。
おそらく彼のリアクションの大きさのせいか、室内からちらほらと私の方に視線が刺さる。ホラ…バレー部のマネージャーだ。アア…二年生の方か。
目立つ事が得意なタイプでない私はたちまち居心地が悪くなって、影山くん、はやく来てと願うように目線を送る。

先程の男子が走っていった先に、机につっぷして眠るさらさらな黒髪の頭上が見えた。長い腕の下にくしゃりと潰された、教科書やノートも伺える。…まさか、授業が終わってからずっと寝てたの?お昼休みになってから、暫く経つけど…。

揺り起こされ、影山くんは不機嫌な様子でのっそりと顔を上げた。
起こしてくれた男子とニ、三言会話をし、そしてこちらに気付くとすごい勢いで立ち上がった。


「っ名前さん!」


こちらに駆け寄って来た影山くんは、チワッス!と元気に言い丁寧に頭を下げた。礼儀正しいところも大好きだけど、そのせいで今は余計に周囲の注目を浴びてしまっている。
そんな事はお構いなしに、影山くんは私をみてすごくうれしそうに目を細めた。ドキンと胸が詰まる。いつもキリッとした影山くんの優しい顔は、破壊力が強すぎる。


「どうしたんスか、教室来るなんて」
「あのね、このプリントなんだけど……、ん?」

柔らかくそう尋ねた影山くんに見おろされ、私はまだドキドキしながら、ある事に気がつく。

影山くん…ほっぺに、跡がついてる。

突っ伏して寝ていたせいかしら?
なんだか可愛くて、私がくすくす笑ってしまうと、影山くんが「な、なんスか」と頬を染めた。

「ふふ。ぐっすり寝てたの?」
「はぁ!?まさか俺、ヨダレとか…!?」
「ううん。あのね、ほっぺたに跡がついちゃってる」

ココ。って、手を伸ばして影山くんの頬に触れる。撫でた所はさらりと音がしそうなくらいきめが細かくて、肌荒れなんて無縁なんだろうなぁ。
一瞬瞳を丸くした影山くんだったが「跡って、まじかよ」と紅くなった。そして、頬に触れている私の指先を掴んだ。

「名前さん来るって知ってたら ちゃんと起きてたのに」
きゅ、と私の指先を握りながら言う。な、なんだろう、この可愛い影山くんは…!?
「も、もう。私が来なくても寝ちゃだめだよ」
「無理っス」
「そうやってもしまた赤点とかとっちゃったら、その方が大変じゃない」
「そしたらまた、名前さんと勉強会 …」

そこまで話して、影山くんはハタと口を噤んだ。『勉強会』ってキーワードからたぶん私も同じ事を思い出している。目が合って、二人で紅くなって、くすぐったくなって目を逸らす。影山くんが、ぎこちなく私の手を離した。


「そ、それで…プリントって?」
「う、うん」


抱えていたクリアファイルの中から一枚取り出し、影山くんに渡す。要件を伝え、じゃあ他のクラスにも行ってくるからと手を振る。

「名前さん、次は誰のトコ行くんスか?」
「距離的に日向くんのクラスかな」
「なら、俺も行きます!」

…日向くんに、影山くんも何か用事かしら?
疑問に思いながら、一緒に一年一組に向かう。影山くんと廊下を歩くのって新鮮。隣の彼を見上げると、その横顔はなんだかご機嫌だ。…カワイイ。
影山くん……最近なんだか、人懐こいなぁ。






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