影山 飛雄
- ナノ -


恋の始まり、そして終わり

 あれから私は、自分の影山くんに対する恋愛感情に蓋をするみたいにして過ごした。
そんな風に日々をおくれば、大会がはじまってお互いに忙しくなったし、きっとすぐに忘れられると思った。
忘れてしまえば、初めから無かったのと同じはず。
そしたらきっと昔みたいに、純粋に「カワイイ後輩」とだけ、思えるようになる。そう思ってた。




−−−気付けばあっという間に、数ヶ月が経った。
結局二人で帰ったのは、あれが最後になった。



だというのに……、あろう事か今日、また私は、影山くんと二人で帰り道を歩いてしまっている。

今日は、白鳥沢との決勝戦があった。

本当に本当に夢みたいだけど……烏野の皆が、全国への切符を手に入れてくれたのだ。

反省会後、高揚した気持ちのまま体育館を後にし、そして家が近いもの同士の私たちが当然、最後まで帰り道が一緒になってしまった。
迂闊だった。ずっと、避けていたのにな…。

そう思ったものの、私の心配をよそに影山くんはこちらに目もくれず、ひとりでスタスタと前を歩いていく。

それを、意外だなんて思った事がもう、自惚れなのかもしれない。…もしかして、全部が私の自意識過剰だったのかな。
それとも、私が避けていたことに気を悪くしたとか?
もしくはあんなにすごい試合の後だし、早く帰りたいのかな。


何にせよ、彼と距離を置かなくてはならない現状を思えば、これは悪いことじゃない。
もし気を悪くさせて、もう前みたいな仲良しの先輩には戻れないのだとして…さみしいけど、仕方がない。そのくらいは覚悟しなくちゃいけない。



「あ……スミマセン!俺……」


このまま、そっと別々に帰ろうか。そう思っていた矢先、影山くんはピタリと足を止め、慌てた様子で振り返った。

思わず、息を飲む。
二人きりで話すのは、久しぶりだけど…。
…うまく、やらなきゃ。
前みたいに、後輩として接する。それ以外の事、今は全部忘れなくちゃ。



「ううん。影山くん、急いでる?それなら、一緒に帰らなくても…」
「スミマセン。考え事してて、歩幅合わせるの忘れてました」


−−−それは、意外な言葉だった。
"合わせる"?
それって……。


「…影山くん、今まで私に歩く速度を合わせてくれてたの?」

今まで、気がつかなかった自分がバカみたいだ。
普通に考えればわかる事じゃないか。
私よりも背の高い影山くんは当然、私よりも歩幅の大きいはず…つまり、どちらかが合わせなくてはならない。

私の言葉に、彼はハッとしたように「えっと」「イヤ」なんて言って慌ててる。



…優しいな。
影山くんの優しさって、こういうのだ。素っ気ない言葉やクールな表情の、陰に隠れている。
私は彼のことを知っているようで、見落としている事も沢山あるんだろう。

好きだなぁ、なんて、私はまた馬鹿みたいに性懲りも無く胸を軋ませてる。
この気持ちを忘れようと、あんなにもがいていたのに。

この数ヶ月。彼が声をかけてくれる度、メールをくれる度、嬉しくなったりドキドキしたりする事に罪悪感を抱いてた。
簡単に恋に落ちた気でいたから、消すのだって簡単と思ってた。
くるしい。影山くんを好きできるのが、くるしい。でも、消さなきゃいけないのが、もっとくるしくて。


私は一体…どうしたら良いんだろう。
どう、したいのだろう。






もくじへ