影山 飛雄
- ナノ -


恋の始まり、そして終わり


 試合が終わるまではとにかく、とにかくとにかく頭ん中は目の前のボールの事ばかりで。けど試合が終わって、反省会も終わって…なんと、名前さんと一緒に帰る事ができた。
二人で帰るのは、すごく久しぶりだった。この頃は名前さんも忙しかったみたいで、すれ違ってばかりだったから。

普段なら、久しぶりに二人っきりになれて嬉しいし、それに全国出場の喜びや期待感に浸りたい所だけど…今この瞬間、俺の頭の中はただひとつの事で占められていた。


“全国大会へ行けたら、名前さんに告白する。”


それは高校に入学して少ししてから、自分の中で漠然と思っていた事だった。だから告白する事自体は、決めている。

ただ今日までは全力で決勝に向かって来たわけで、いざ優勝してみると細かな事、例えばタイミングや言葉なんかまで考えていなかった事に気がついた。

タイミングだとすれば、今か?−−−いや、試合後のテンションで言ってるとか思われるか?
なら、明日以降?−−−いや、全国に向けての練習も始まるんだぞ。
それなら、全国大会が始まってからか!?−−−いやいや、そんな時期ならお互い忙しいに決まってる!

俺は無い頭をフル回転させて考えた。
バレーしかやってこなかった人生だ、告白のタイミングなんてわかるハズねぇ。





「影山くん、急いでる?」




少し後ろから名前さんが小走りに駆け寄ってくるのが見えた。
どうやら俺は自分の事に気をとられて、いつものように歩くペースを合わせるのをすっかり忘れていたようだ。


「あ…スンマセン。考え事してて、歩幅合わせんの忘れてました」
「影山くん、今まで私に歩く速度を合わせてくれてたの?」


−−−俺のアホ、何言ってんだ!

名前さんに知れたら気ィ使わせるだろうからと、今日のこの日まで密かに積み重ねてきた事が台無しだった。

どうにか誤魔化せないかと言葉を探してみたものの、こんな時に機転の利くセリフなんて浮かびやしねえ。

あたふたしてる内に、名前さんが俺に追いついた。
すこし息を弾ませて俺を見上げる。
それがなんだか、中学の頃の自分と重なった。


あん時、俺は名前さんよりチビで。
一緒に帰ってても、着いていくだけでやっとだった。
そんな俺が名前さんに告白なんてできるわけねえ、せめて身長だけでも彼女より大きくなってから…見合う自分になってから告白しようと、なんとなくあの時は思ったんだったな。



「…中学ん時、部活のあと残って自主練してた俺に、名前さん付き合ってくれて。んで一緒に帰ってたの覚えてますか」



俺の質問に、名前さんは当時を思い返しているのか、眉を寄せ、そして目を細めた。


「…うん。他の同学年は練習だけでやっとで、誰も居残り練習なんてしてなかったのにね。…なつかしい。影山くん、あの頃からずっと変わらないね」



……“変わらない”、か。

やっぱり俺は名前さんにとって、今でもただ着いて歩く、後輩のままなんだろうか。



「そう……っスか」

「うん。あの頃も今も、きらっきらした顔でバレーしてる」

「…背が、のびました」

「ふふ。それは確かに」

「あん時の俺、名前さんよりチビで。一緒に歩いてても、歩幅足んなくて……名前さんに着いてくのでやっとでした」

「えっ、そうだったの?…ごめんね、全然気付いてなかった」

「いや、責めてるとかじゃなくて!なんつーか…嬉しいっていうか」

俺の言葉の意味がわからなかったのか、名前さんが伺うようにこちらを見上げる。

−−−そうだ。俺は、嬉しかったんだ。
今だってまだまだ、名前さんに釣り合わないとは思う。
けど、こうやって並んで歩けるようには、なった。それが嬉しい。
でも、もっともっとって思ってしまう。
−−−できる事なら、守れるような。

もう、“後輩”じゃなくて。


でかくなったのは背だけじゃない。
あの時は憧れだけだった名前さんへの気持ちが、今じゃそれだけでは無くなった。
名前さんへの気持ちは、一緒に過ごすうちに俺の中でどんどん育っていった。


たとえば俺が、バレー以外の事も沢山経験してきたとして。
そしたら告白のタイミングとか、言葉とか、こんなに悩まなくても名前さんに伝えられたのだろうか。
及川さんみたいに余裕があれば?
岩泉さんみたいに強さがあれば?
黒尾さんみたいに頭が良ければ?




「−−−背はのびましたけど。他にも変わらないものも、変わったものもあって……その、えっと……クッソ、うまく言えねえ」


ずっと、言いたかった言葉がある。
ずっと、聞きたかった事もある。
やっと言葉にできるってのに、なんでうまく言えないんだろう。もっともっと、この人のことが、誰よりも大好きなのに。


やっぱり俺には、告白の一番良いタイミングやセリフなんて、考えたってわからない。
だけど名前さんが好きで。その気持ちは誰にも絶対負けない。

そしてそれを、俺は名前さんに聞いてほしい。

それだけだ。

それで、良いじゃねえか。




「……ずっと聞きたかった事と、あと、言いたかった事、あるんです。中1のとき、あの日の放課後からずっと」



うまく言えるかは、わかんねえ。
いや多分、うまくは言えない。
でも、伝える。ずっと、決めてた事だろうが。

自分の頭をガシガシと掻いてから、歩く足を止めて名前さんの方に向き直る。
俺は今、どんな顔をしてるだろうか。

名前さんは瞳を丸くした。
そして、不安そうに眉を寄せた。…俺、またンなおっかねー顔でもしてんのかな。
…でも、もう、絶対にチャンスは今しか無い。俺は小さく息を吸って、真っ直ぐに彼女に問う。





「名前さんは俺の事、ただの後輩としてしか思えないですか?」








もくじへ