影山 飛雄
- ナノ -


はじめての恋だったから 2



「どういう事か、及川さんに教えてくれる?」


 無言のまま通されたトオルちゃんの部屋。すごく居心地が悪いのは、久しぶりに来たせいだろうか。それとも、トオルちゃんの表情がにこやかな割には目が笑っていないからだろうか。しかし機嫌は悪いだろうに、ちゃんとオレンジジュースを、ご丁寧に氷まで入れて出してくれるあたりが彼らしい。

「ど、どういう事…と、言われましても…」
「飛雄に告白でもされた?」
「それは、まだ…えっと、まだっていうか」
「ふーん?じゃ、自分で気付いたわけか。やっと」
「…『やっと』?」
聞き返すも、トオルちゃんはまるで聞こえなかったかのように応えてくれない。

「なにさなにさー!ちっちゃい頃から一緒だったのに、いつの間にか一丁前に好きな男なんかつくってさぁ!しかも相手が飛雄だなんてさぁ」
「一丁前にって…トオルちゃんだって、彼女ができても別に私に言わないじゃない」
「俺のことはいいの」
「何それ、勝手だなあ」
「で、飛雄と付き合うの?」

寂しそうに眉を顰めて、トオルちゃんは聞いた。私が言う前からもう、答えがわかってるみたいだ。

正直、意外だった。
私と影山くんが仲良くする事を、トオルちゃんは昔から良く思っていないと感じていた。
だから今日だって、てっきり怒ってるのかと思った。
こんな、寂しそうにするなんて。

トオルちゃんは眉を寄せながらジュースを飲み干し、コップに残った氷をそのままひとつ口に滑らせて、ガリ、と音を鳴らして噛んだ。


「……影山くんとの事は……まだ、迷ってる」
「へー?やっぱり及川さんの方が好き?」
「もう、真剣に話してるのに!…影山くんともし、付き合う事になったら、部内恋愛って事になるでしょう。影山くんにとって、バレー部の皆にとって、それってどうなんだろうって」


“迷惑だったら、やめるんですか?”
ーーー月島くんの、言葉が蘇る。

…そうだ。自分で決めなきゃいけない。

今までの私は、幼馴染や先輩達の陰に隠れてきた。
小さな巨人に憧れたのは、自分で人生を切り開きたかったんじゃないかって思う。




「…くっ。ふっ、あっはは!……あーごめん、我慢できなくなっちゃった」


静かに私を見ていたトオルちゃんが、あろう事か大笑いし始めた。

「ちょ…トオルちゃん!何笑ってるの、私は真剣に…」
「ゴメンゴメン。や、付き合うかどうか悩まれちゃってるだなんて、飛雄ウケるなぁーって。鈍感女にせっかく頑張って変態的長年片想いしてたのに、天然に加えて名前ってカタブツまじめちゃんだからなぁー」

長年片想い?鈍感、カタブツ?
どういう意味よ。眉を寄せて、私は懸命に言葉を咀嚼する。

「…ま、たしかにね。飛雄は部内恋愛がどうとか、どーせそこまで考えてないだろうし。名前が 後悔しない道を自分で選んだ方が良いんじゃない」
「…そう…だよね。きっと考えてないよね…。影山くん、まっすぐだからなあ」

…そういうところが、好きだなぁ。

私を見たトオルちゃんが、目を細めた。
まるで、遠くの物でも見るように。


「……飛雄のコト話してる時の名前って、昔からそうだよな」
「…え、なに?」
「すっげぇーーーブサイク!」


そう言うと、わしわしと私の頭を撫でくり回した。
ひっどい!どういうイミ!?
言い返した私の言葉を無視して、トオルちゃんは、んーっと両腕を上に挙げ伸びをした。


「この事、岩ちゃん知ってんの?いや、いくら名前の事だってアイツは恋バナに興味ないかぁ」
「うん…あ、でも前にアドバイスもらったんだ。影山くんに迷惑かけるなって、半端な気持ちで部活やるなって」

東京合宿で影山くんと気まずくなってしまった時、電話でハジメちゃんに言われた事。
あれは恋愛的な内容で言った訳では無いと思うけど、意味を考えると同じ事だろう。


「ハジメちゃんも、もうお家にいるかな。報告できるほど決めきれていないし、相談できる事でもないけど…気にかけてくれていたし、久しぶりに顔見に行こうかな」
「ん、良いんじゃない。多分そろそろ、ロードワークも終えて帰ってる頃じゃないかな?」
「…トオルちゃん…色々、ありがと」
「何が?」
「いつも、心配してくれること。前の練習試合のときも、そうだよね?あのときは私、わからなかったけど…きっと、気にかけてくれていたんだよね」

私の言葉に、彼は面食らったように瞬きをした。

「べっつに!名前が烏野に行ったの、バカみたいって思うだけだし!オマエにも飛雄にも嫌がらせしたいだけだしっ」


子どものように口を尖らせるトオルちゃん。
昔からずーっとカッコ良くて、そしてその姿を支える莫大な努力の裏付けがある。…私のまわりは、かっこいい人ばっかりだ。
トオルちゃんやハジメちゃん。影山くん。そして烏野バレー部のみんなと。一緒にいて、恥ずかしくない自分になりたい。




…影山くんの事を想うなら。
やっぱり今、これ以上先に進むべきじゃないんだと思う。

もしありがたい事に彼と恋人同士になれたとして、彼氏なんていた事が無いから分からないけど、きっと今までみたいな訳にはいかなくなるんじゃないかと思うから。
影山くんが、バレー以外の事も器用にできるタイプには正直なところ見えない。

影山くんのバレーの邪魔になんか、ぜったいぜったいなりたくない。
私にもっと余裕があればフォローもできるだろうけど、今ですらやっと日々をおくってる。


制服のスカートの上の手のひらを解く。いつからか、ぎゅっと強く握ってしまっていた。
…私はいつから、こんなに影山くんの事を好きになってしまっていたんだろう。
好きになる前に気付いていたら、こんなに迷わずに済んだんだろうか。

さっきまで彼と繋いでいた、この手のぬくもりが、消えない。何を選ぶべきか、頭ではわかっているのに。






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