はじめての恋だったから
「あ……もう、着いちゃいましたね。じゃあ名前さん、また明日」
「うん。影山くん、おくってくれてありがとう」
なんだか、名残惜しいな。もう少し一緒にいたいけど…もう着いてしまったから、別れないのもおかしいし。
そんな風に考えていたら、彼は繋いだ手を離すどころか、もう一度ぎゅっと握った。
「…影山くん?」
「コレ……手。ほんとに、嫌じゃなかったですか」
「…うん。嫌じゃ、なかったよ」
「なんか…俺、ダメなんです」
呟くようにそう言うと、影山くんは真っ赤な顔をして言葉を続けた。
「名前さんといると …なんていうか。抑えが、きかなくなるっていうか。すげー好きだし、大事にしたいって思ってんのに、身体が勝手に動いちまって…だから、その。されてヤな事あったら、言ってください」
……ちょっと、影山くん!?
だからそれはもう、告白なんじゃ……?
しかし、本人にとっては違うらしい。
烏野の全国出場が決まったら告白するのだと拘っているようだった。
事情があるというのなら、ここは突っ込まない方が良いのかしら…。
わかったよ、と私が言うと、影山くんは「スグですよ、絶対っスよ」と眉をひそめて言った。
「んじゃ、俺そろそろ行きます。つーか、アンタってほんと天然だよな。ここまでしたって気付いてないなんて。俺の気持ち」
手を名残惜しそうに離し、影山くんはそう言い残して行った。天然はどっちだ。
「やーらし。ニヤニヤしちゃってさ〜」
影山くんの背中を見送って、私ひとりだったはずの自宅前の道路で不意に、声がして。
振り向くとそこには、
「……トオルちゃん!」
目を丸くする私に、彼は「よっ」と言って片手を挙げた。
青葉城西高校の制服をすらりと着こなすその姿は、私から見ても女の子に人気な事は頷ける。
「久しぶり!トオルちゃんも、部活オフだったの?」
「うん、そー。今日ウチ、体育館使えなくってさ。でも、岩ちゃんと残ってロードワークでも行けば良かった。胸くそ悪いモン見た」
トオルちゃんの鋭い瞳が、影山くんの帰って行った方向を目線で追った。
「名前。ナニ、今の?」
「え…何って、」
「飛雄でしょ、アレ。名残惜しそーにいつまでも手繋いでおしゃべりして。オマエら、付き合ってんの?」
み、見られてたのか。
付き合ってはいないけど。そう答える私の制服の首根っこを子猫でも運ぶように掴んで、トオルちゃんは有無を言わせず自分の家へと引きずり込んだ。
もしかして、お説教?
私は覚悟を決めて、トオルちゃんのお家の玄関をくぐった。
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