影山 飛雄
- ナノ -


部内恋愛 2




「んで、昨日の日向との決着は、どっちが早く肉まんを食い終わるかって事になって」
「あはは。二人はいっつも競い合うのね」
「競ってるワケじゃねぇよ。けど、アイツにだけは負けたくないから」
「そういうのを、競ってるって言うんだよ」


交わす会話はなんてことのない、何気ない雑談。
でも今、私たちは放課後の通学路を…手を繋いで、歩いてる。
周りには他の生徒もたくさんいて。カッコイイ影山くんはただでさえ人目を惹くのに、いつも以上に周囲の視線を感じた。

どうして、手なんか繋いだんだろう?

びっくりしたけど。私はまだ、そう聞く勇気が無い。
期待して、もし前みたいに悲しい答えが返ってくるのが怖い。この手をずっと、離してほしくないから。


「……名前さん …手、」
そんな事を考えていたら、まるで言い当てられたかのように言われ、ドキンと胸が高鳴る。
「手…その。嫌じゃ、なかったですか」
「…うん。でも、びっくりした」
「俺もです」
「…え?ふふ。影山くんから繋いだのに、自分でもびっくりしたの?」
「なんか…繋ぎたくなったんです。…いや、ホントは、ずっと前から、繋ぎたかったです」


ぎゅ。影山くんが、私の右手を強く包む。彼はこの長くて綺麗な指先で、バレーボールを自在に操り、「天才」と呼ばれる。
でも、私は知っている。影山くんのバレーは才能に驕る事なく、努力の賜物だ。触れている指腹のマメや硬さが、その一部を物語ってる。

影山くんのことを、男の子として好きである以前に、選手としても人間としても尊敬する。
私に彼のような才能は無いけど、かといってこんなに努力をできるとも思えない。



「……どうして?」

手を繋ぎたかったという言葉に対して、そう聞くのは、やっぱりドキドキするけれど。私は、もっと知りたい。影山くんのこと…それから、自分のこの気持ちを。

私の言葉に彼は小さく、え、と呟いてから、ハッキリとした口調で言った。


「まだ、言えないっス。決めてるんで。告白は、名前さんを全国に連れてってからするんだ、って」



−−−え………っ。

そういえば、東京から帰るバスの中でも、そんな事言っていた。
か、影山くん…!?それってもう、告白なのでは…?

キリッと目尻を上げて、真剣な顔でそう言った影山くんは、あまりに真っ直ぐだ。直視していられなくなって目をそらす。



「けど、名前さんってやっぱムボービっすね」
「え…無防備って、なんで?」
「だって懐いてる後輩だからってこんな、手まで繋がせるなんて」
「……はぁ。影山くんってさぁ……」
「えっ。俺なんか、マズイ事言いましたか」
「イエイエ。ほんと、天然なんだなーって思って。それとも、私の伝え方が悪かったのかなぁ。あのね、私は懐いてくれてる後輩だからって、手を繋いでるわけじゃないんだよ」
「フーン?よくわかんないっスね、名前さんの方こそ天然ですよ」

ぎゅ。
影山くんが、繋ぐ手にまた、力を込めて言った。

「けど、こーゆーのは、俺とだけにしてくれませんか」


その言葉に、思わず私が顔を上げると…。
横を歩く影山くんは、いつも通り真っ直ぐな瞳で前を向いてる。

ただ、真っ黒な髪の隙間から覗く耳が、真っ赤な事を除いては。

その姿に、ぎゅうと胸が焼けるように締め付けられる。ああ、まただ。
この頃、影山くんの言葉から、態度から、行動から、仕草から。私への気持ちが、溢れるように伝わってくる。

そしてそれを、彼は全国出場を決めてから告白するつもりだという。
ということは、隠してるつもりなのかもしれないけど……あまりに、真っ直ぐすぎるよ。ニブい私にだって、さすがに届いてしまうくらい。
そしてその度に、私は胸が苦しくなる。


もしこれが、私の思い上がりだったら?
そうだとしたら、影山くんは誰か他の女の子の前でもこんなふうに一緒に帰ったり、手を繋いだり、照れた姿を見せるのだろうか。
それは嫌だなあ、と胸が軋む。
私だけならいいのに、と思う。

これがきっと、選手としてだけじゃなく、彼を好きという事なのだろう。








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