影山 飛雄
- ナノ -


バスの行方は 1




遠征の全日程が終了し、帰りのバスに揺られる俺達は、泥のような睡魔の中にいた。
だというのに、俺の隣の日向が車に酔ったらしく、ずっと唸っているものだからゆっくり眠れもしない。

俺はイライラして日向に向かってうるせえと文句を言うだけだったが、後ろの席の菅原さんは「マネージャーに、酔い止めとか無いか聞いてみたら?」と声をかけた。さすがに優しい。

フラフラとマネージャーのいる前の方の席へ歩いてった日向の背中を見送り、ああようやくゆっくり休める……と思ったのに、その直後。

日向の代わりに戻って来たのは、−−−まさかの、名前さんで。
俺の眠気は完全に吹っ飛んでしまう。




「日向くんの席、ここ?隣、影山くんだったんだ」
「っス。なんで、名前さんが ここに…」
「日向くん、車酔いしちゃったんでしょ?潔子さんから薬貰って飲んだんだけど、後部座席よりもマネージャーの座ってる前の席の方が揺れが少ないからって、私と代わったのよ」

隣に潔子さんもいるから安心だよね、と言いながら。名前さんは心なしか気まずそうに、俺の隣に腰を下ろした。

シン、と沈黙が流れる。



−−−俺はこの頃、やる事なす事が空回りしている気がする。
この頃、っていうか……この人の事好きになってから、ずっとだ。

中学の時、俺を心配して会いに来てくれた名前さんに、ひでー事言ったり。
高校に入って、やっと許してもらえたかと思ったら、無理やりキスなんてしてしまったり。

それから、昨日だって。
音駒のキャプテンと一緒にいる名前さんを見たら、熱くなっちまって、さらうような真似して追い詰めたり。

恋だの愛だのってのは、むずかしいなと思う。
俺はただ、この人の事が好きで。
大事にしたいって、それだけなのに。


しかもこの気持ちはまだ言わないって、決めたはずだったんじゃねぇのか。
名前さんを全国大会へ連れていけたら、胸を張れる自分になれたら言うんだって…。
どうしてすぐ、思うよりも先に身体が動いちまうんだ。


ちらと横目で彼女を見ると、意外にも目が合った。けどその瞬間、顔を真っ赤にしてそむけられてしまう。
さけられたってのに俺は、そんな名前さんが異様に可愛くて、胸がぎゅうっと締め付けられてしまった。
なんとなく、たださけられたワケじゃないような気がした。
だって、こんなふうに赤くなってるのなんて、滅多にない事だし…ひょっとして意識してくれてるんじゃないか、なんて思うのは虫が良すぎるだろうか。
キ、キスの事だって。嫌じゃないって、言ってたし。

…あれは一体、どういう意味なんだろう。

俺となら嫌じゃなかったと、彼女は言っていた。
もしかして、俺の事を……!?
ああでも、その後「影山くんの馬鹿」ってまた言われたんだった。

昨日からずっと考えてるけど、ぐるぐる同じ思考を行ったり来たりするだけで、全くわかりゃしなかった。
っていうかもしかしたら、あれは夢だったのだろうか。
名前さんが俺とキスすんのが嫌じゃなかっただなんて、夢だと思った方がずっと自然な気がする。



「……ねぇ、影山くん」



ちいさな声が、ぽつりと溢れた。








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