影山 飛雄
- ナノ -


バスの行方は 2




声がしたはずの隣を見る。しかし名前さんは相変わらずそっぽを向いたままだ。空耳かと思ったけど、彼女が何かを差し出しているのに気がつく。
それは、昨日俺が無理矢理名前さんの肩に掛けた、俺のジャージだった。
そういや、昨日は名前さんに着せたままになってたんだっけ。
俺も今日はTシャツとか、他のを着てたから忘れてたな。

綺麗に畳まれたソレを受け取ると、やっぱり昨日の出来事は夢じゃなかったのだという証拠が手のひらに宿ったような感覚だった。


「名前さん。昨日言ってた事、ホントっすか」


俺の言葉に、名前さんはびくりと肩を揺らした。

「え!?な、なんのこと…」
「嫌じゃなかったって、俺とのキ」
「ちょ、ちょっと影山くん!?まさかっ…やめて、こんなトコで言うの!?」

俺とのキス、と言い掛けた俺の口を、名前さんが慌てて両手で塞いだ。
俺はもごもごと息苦しくなりながらも、彼女の細い指先の感覚にこっそり胸を詰まらせていた。

っていうか俺はまた、こうやって考えるよりも先に口から出てしまうのだった。
こういう事するから、俺はデモクラシー…じゃなくて、デリバリー…?デ、デリカシー?ってやつに欠けるんだろう。


「みんな、寝てるみたいだから良かったけど…もうっ、やめてね。人前で言うの」

俺の顔から手を離した名前さんが、キョロキョロと周りを見渡して、真っ赤になってそう言った。



「スミマセン。あの言葉…正直、嬉しかったっス。ものすごく」
「アレ、勢いで言っちゃっただけだから。無かった事にしてほしいの、忘れてほしいんだ」


−−−、え……?

その言葉に、目の前が暗くなる。

眉を寄せて名前さんを 見ると。
……なんと彼女は、イタズラっぽく舌を覗かせながら「ごめん、仕返し」なんて、笑ってる。

…そういや、全く同じ事を俺も名前さんに言ったんだった!
キスした事、無かったコトにしてくれって。

呆気にとられる俺を見て楽しそうに笑う名前さんの笑顔に、内心癒されながらも。
一瞬本気で騙された俺は、悔しくなって名前さんの頬をぎゅうっと掴んだ。(勿論、日向なんかにするのとは違ってめちゃくちゃ手加減してる)


「い、いひゃいっ。かげやまくん、いひゃいよ」
「ふざけるからっスよ。俺、今マジでショックでしたよ」
「それって…私の言ったあの言葉が、ホントだった方が嬉しかったってこと?」
「だから、そー言ってるじゃないですか」
「……そっか…。私もね、嬉しいよ。影山くんが、嬉しいって思ってくれるなんて」



………………?


ええと………。


ど、どういう意味だ……!?



俺は名前さんの頬から指を離すタイミングを完全に失い、頬をふにふにと触りながらも必死に考える。
...なんでこんな柔らけーんだ。しかも、なんでちょっと恥ずかしそうにしてんだ。可愛すぎるだろ。

考えてもやっぱり分からなかったので、それってどういう意味ですか、と聞くと。名前さんは自分の頬から俺の指を外し、そしてそのままぎゅっと手を握った。−−−心臓が、今にも飛び出そうなくらいドキッとする。




「影山くんの…鈍感。だからさぁ……あーもうっ。好きってことだよ、影山くんのこと!…い、言わせないでよ……」




ぎゅ。
名前さんが、俺の手をもう一度強く握った。







−−−好き、だなんて…。






簡単に、言わないでくれよ。


嬉しくて、たまらなくなるから。そして、それと同時にすごく苦しいから。

俺にとっては、欲しくて欲しくてたまらない言葉だけど……名前さんの言う「好き」は、俺の「好き」とは違うって、そんな事はずっと前からわかってるから。


どうせ後輩として、だろ。
可愛い弟みたいで、好きなんだろ。
きっとキスしたのが嫌じゃなかったってのも、そういう事だ。ああ、そうに決まってる。
勘違い、させないでくれ。


何の気なしに言われた言葉に、こんなにドキドキさせられている自分が、虚しくて仕方なかった。
こんなんじゃ、俺ばっかりがどんどん好きになっちまう。アンタとの気持ちの距離が、これ以上開くワケにはいかねぇのに。




「俺も、名前さんの笑った顔、けっこー好きです」

俺はなるべく、名前さんが言う「好き」となるべく同じ温度で言葉にする。
この気持ちに、気づかれないように。

本当は、伝えたい事がたくさんあるけど。

でも、まだ言わない。…言えない。




「えっ…影山くん…?」

「いつもガンバってるトコも、わりと好きです」

「そ、そんな事ないよ、それは影山くんの方が、」

「いっつも優しいトコも、まぁまぁ好きです」




好き。
大好きだ。

本当は、こんな言葉なんかじゃ足りないくらい。




「影山くん…私、すごく嬉しい。今日のこと、ずっと忘れないと思う」
「何でですか?」
「えっ!?……ねぇ影山くん、私がさっき言った事、ちゃんと聞いててくれた?私、影山くんのこと、その」
「"好き"って、後輩としてって事ですよね?けど俺の"好き"は、そんなんじゃ無いんで」

眉を寄せて言う俺を見て、名前さんは目を丸くした。そして、深いため息を吐いた。

「はぁ……。影山くんって、どこまで鈍感なの?」
「あぁっ!?アンタに言われたくねぇよ!俺が何年片想いしてると思ってんだよ!」
「えっ…?なにそれ、どういう……」
「ヤベッ。…ちょっ、な、ナシナシ!今の、無しだ!アンタを全国へ連れてったら告白するって、決めてんだよコッチは」
「全国…!?な、なによそれ」
「無かったことにしてください!」
「ええっ…ひどい!無しにするのはナシになったんじゃなかったの!?」
「無しにするのはナシにしたの、無しっス!」

「梨が、どうしたってー?」

気が付けば段々と二人、声がでかくなっていて、近くの席で寝ていた山口が梨がどうのって言ってる。アブネェアブネェ、会話を聞いてたのが寝ぼけた山口だけで助かった…。




「なぁ、スガ……俺らのひとつ前の席のお二人さん、明らかに告白合戦をしていたような気がするのは気のせいか……」
「旭……俺もそう思うけど。暗黙のうちに周知の事実となっていた影山の片想いが、今まさに両思いに確定した瞬間なのに…影山のやつ、すげぇチャンスを棒にふるったというか…バレー以外では本当アホの子だな、アイツ……」




−−−背後から突き刺さる、哀れみの視線に俺が気付く事もなく。
バスは一路、宮城へと向かうのだった。









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