影山 飛雄
- ナノ -


お姫さまを取り返せ 3





「なっ……!?ちょ、名前さん!?」

「…影山くんは、ひどいよ」

「っ…ハイ。すみません、本当に…」

「キ、キス…嫌なんかじゃ、なかったよ。なのに忘れてなんて、ひどい」




言いながら、へたくそだなぁ、と自分でも思った。
一体どんな言葉で伝えたら、わかってもらえるだろう。
あなたが思ってる以上に私は、あなたの存在に救われてるんだって事。けっして、傷ついてばかりなんて、そんな事は無いんだって事。



「私は影山くんから、たくさん嬉しい気持ちとか、幸せな気持ちとかもらってて、全部無くしたくなんかないの。だから、えっと、私が悲しかったのは…キ、キスされた事がじゃなくって、それを無かった事にされたのが、なの……」


そこまで聞いた影山くんが、私の顔をおそるおそるといった様子で覗き込んだ。
いつもは精悍なその表情が、耳まで真っ赤になっているのが夜の学校の蛍光灯に照らされよくわかった。随分と顔が近い…のは、私が抱きついてるからだ。



「嫌じゃ、なかった…って?俺、あんな事したのに……」
「でも…影山くんが無かった事にしたいなら、私も忘れる」
「な、なワケっ……!ちょ、ま、待て待て。都合良く考えるな、俺ッ。あー、つまり、あれですか。アンタは、人に…キ、キス…されんのが、嫌じゃねぇって事か?その、例えば日向とか、音駒のキャプテンとか、及川さんとか」
「そ、そんなわけ無いでしょ!ヤダよ、トオルちゃんとなんて!?」

まさかのタイミングで登場した幼馴染の名前に、反射的に全否定をしてしまった。(なんかゴメンね、トオルちゃん...。)


「え?じゃあ、俺とだけ良いって事っスか?なんでですか」


目尻がキリリと上がった涼しい瞳を澄み渡らせて、まるで子どもみたいにきょとんとした表情で影山くんは聞いた。

彼のこのニブさは何だろう!?
バレーだったら、相手の些細な変化にもすぐ気がついて対応するのに。
一歩、コートから出たらどうしてこんなに鈍感なんだろう。

私もよく人から、ニブいだの鈍臭いだのって言われるけど、自分でもこの気持ちが何なのか…。さすがに、もう、気付いたっていうのにな。



「…影山くんの、ばか」



そう言い残して私は、彼の腕をするりと抜けて教室の中へと入る。

こんなにドキドキさせておいて。
やっぱり、影山くんはひどい。


廊下に残された影山くんの、「は、はあぁっ!?」って狼狽えた声が聞こえて、可愛くって思わず口元が緩んでしまった。









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