影山 飛雄
- ナノ -


後輩 3




『そうなんだ。じゃあ、どっちかの家でする?』


そう届いた、名前さんからのメール。俺はさっきからその返信を打って、消して、を延々と繰り返している。


名前さんが勉強を見てくれるなんて、思ってもみない事だった。

誰かに勉強を教えてもらえるだけですげーありがたい事で。とにかく赤点だけは回避したい。合宿に行けないなんて冗談じゃねぇ。

でもまさか、名前さんが教えてくれるなんて!?…ヤバいだろコレは。
大丈夫なのか俺、勉強に集中なんか出来るんだろうか!?

俺は家に帰ってからずっと心が舞い上がったままでいた。名前さんと二人っきりになれるなんて、テストってのも捨てたモンじゃない。
そうだ、日にちは決めたけど場所までは決めてなかったなと思ったところで、今にいたる。


「…わざわざ俺の家に来てもらうのも悪いしな…名前さん家はどうですか=H…いや!女子の部屋に入るのなんてもっとダメだ」

どこでも良いです、ってのも俺が教えてもらうのに失礼だ。
そんなんでウンウン唸っていたら、気づいたら名前さんから最後にメールが来てから30分も経ってしまっていた。ヤバい、早く送らねぇと。



『俺の家はどうですか』



送信ボタンを押すとき、ガラにもなく躊躇した。
いいのか、これ?
嫌だって言われたらどうしようか。

送信後、なにをするのも手につかなくて、ベッドに突っ伏してるとほどなくして返信が届いた。
見るのが怖いような、でも気になってすぐにケータイを開いて画面にかじりつく。



『迷惑じゃないかな?』



これは…!?
どっちだ。
名前さん、まさか引いてるんじゃ?


『名前さんが嫌じゃなければ』


返信に悩みながらも、でもまた待たせるわけにもいかないし。送信ボタンをカチリと押し、そしてやっぱり何をするのも手につかなくて、今度は意味もなく部屋の中をウロウロと歩き回ってみる。



『嫌なわけないよー。じゃあ、影山くんのお家でしようか』


そう届いた返信に、ほっと胸を撫で下ろす。良かった、嫌な気持ちにさせなくて。
『よろしくお願いします』と返信してから、もう一度名前さんからのメールを読み直す。

名前さんがひとりの時間に、俺の為に作ってくれたメール。そう思っただけで、頬が自然と弛む。
影山くん、って、文字にしてくれたの見るだけでも、なんか嬉しい。打ってる姿を想像してみる。カワイイ。


「……好きだ」


メールの差出人欄の『苗字 名前』という文字の並びを眺めてたら、意図せず口に出してしまった。
静かな自室に、行き場なく彷徨ったその言葉の余韻にはっと我に帰って、ハズくて顔が熱くなる。
ひとりで何言ってんだ、馬鹿か俺は…。

でも、ほんとに、好きだって思う。
この頃はとくに、前よりたくさんそう思う。
いつからこんなに好きになったんだろうか。
自覚した瞬間は覚えてる。中1の時、放課後に名前さんが知らないヤツに告白されてる所を見たとき。
でも、ホントに好きになったのはきっともっと前…もしかしたら、ヒトメボレってやつだったのかもしれない。
一緒に過ごす内、見た目も中身もどんどん好きになって。今じゃ、ケータイの文字の並びすら、あの人が綴ったかと思うと嬉しくてたまらなくなる位だ。ビョーキみてぇだ、こんなの。


そんな名前さんが、この部屋に初めて来るんだもんな……ハッ、そうだ!掃除しねぇと、掃除!
そう気付いたら居ても立っても居られず、どたばたと掃除しはじめた俺に、部屋の横を通りかかった親が「勉強しなくて良いの」と呆れた様子で声をかける。
それどころじゃねぇっての!









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