影山 飛雄
- ナノ -


後輩 2





「はぁ〜〜〜っ」

私は自分の部屋のドアがパタリと閉まったのと同時に、深いため息をついた。



今日の私…何なんだろ。
影山くんは、仁花ちゃんに勉強を教えてもらってると言っただけ。

それだけの事なのに、突然味わった事も無い感情に襲いかかられた。
焦りのような、悲しいような、苦しいような。
そして何よりも、影山くんと二人で勉強会をしてる仁花ちゃんが…、

−−−羨ましい、なんて。




こんな気持ちは、初めてだ。

仮入部中の仁花ちゃんが影山くんと仲良くなってくれたら、きっと本入部がぐっと近づく。
だからこれは、部にとっても良い事なはずなのに。

もしかしたら私、新しいマネージャーが入る事で部員を取られちゃうのが不安なの?−−−ううん、そんなわけない。私は仁花ちゃんの事だって好きだもの。



いつまで考えても、自分ではどうしようも無い感情だった。いっそ誰かに相談したら、この苦しみの答えがわかるのかな。



こんな時にいつも浮かぶのは、幼馴染の顔なんだけど…いやいや、トオルちゃんはダメ!

実は私は青城での一件があってから、トオルちゃんと距離を置いている。
連絡は来るけど−−−私は、怒っているのだ。
だからインターハイ予選で会ったときも、まともに会話をしていない。だって、あんな事するなんて!

となると、ハジメちゃん...?
ハジメちゃんは確かに、すっごく頼りになる。
でも、今回みたいな女子同士の事を相談しても困らせるだけな気がする。

潔子さんにだって、もちろん言えない。
だって潔子さんが、せっかく連れてきてくれた後輩との事だから…。



やっぱり、誰かに聞けるような事じゃないよね。

けれど私の心の中はどんどん、影山くんと仁花ちゃんの事でいっぱいになる。


いつの間にそんなに仲良くなったんだろう、とか。
影山くんから勉強教えてほしいって頼んだのかな、とか。
二人でいるときどんな話してるんだろう、とか。もし…帰り道に先を歩いているのが、私でなくて仁花ちゃんでも、影山くんは、ああやって追いかけるのかなとか。

−−−私だけなら、いいのに。



「なんで、そんな事思うの……?」



どうしてそんな事を思うのかも、実際の所二人の関係がどうなのかも、いつまで考えてもわかる事ではなかった。
でもただひとつわかっているのは、私は今、影山くんとの勉強会がすこし楽しみだって事だ。
仁花ちゃんにも教わっているのに、って罪悪感もすこしあるけど。だってなんだか、横取りしたみたい。


はあ、と何度目かわからないため息をついたと同時に、携帯電話が震えた。
画面を開くとそこには「影山くん」と登録された名前が表示されている。
その名を見ただけで、どうしてだか心臓がキュッと狭くなったみたいに震える。
開いたメールには、たった一行の文。




『勉強会どこでやりますか』



絵文字も句読点も無い文章が、飾らない影山くんらしくて。私は先程から眉間にずっと寄せていた皺を、やっと和らげた。



『影山くん、練習おつかれさま。勉強会、いつもはどこでしてるの?』


かなり迷いながら、そう返した。

どこでするのが良いのか、ファミレスとかでするとお金がかかっちゃうし。
試験前のこの時期は図書館も混んでるし。
友だちとするときは、誰かの家に集まってする。
やっぱりそれが一番手軽なんだけど、影山くんは嫌じゃないかな?
いつもは、どこでしてるんだろう?
正直、ほんのすこし、仁花ちゃんとはどこで勉強会してるのかも気になって、そう送ってみた。

影山くんから、1分もしないで返事が来た。



『やちさん家です』


うっ…、やっぱり、そうなんだ。
その事実に小さく落ち込みながらも、返信の文を打つ。


『そうなんだ。じゃあ、どっちかの家でする?』


またすぐに返事が来るかなと思いきや、しばらく待っても来なかった。
もしかして、寝ちゃった?
待ってる間に、私も試験の勉強でもしようかな。

私は携帯を机の上に置いて、それを気にかけながらも教科書を開いた。








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