影山 飛雄
- ナノ -


悪い虫 3




名前たち烏野が青城高校を出た後、俺らはそれぞれに自主練をしてから帰る事になった。
一応、念には念を入れてストレッチをするが、ケガの経過は問題ない感じだ。
丁寧にストレッチをしたせいか、俺が部室に戻る頃にはもう、室内には岩ちゃんしか居なかった。


「あっれぇ岩ちゃん、待っててくれたのー?」
「ンなわけあるか、クソ川。たまたまだよ」


着替えながら俺らは、今日の練習試合の事を話している内に盛り上がり、着替えなんてすっかり終わったのに話し込んでしまう。
クソムカツク後輩の飛雄や、高い運動能力のチビちゃんに目を引かれがちだけど他にも注目すべき選手は地味に多い。
名前には弱小校なんて言ったけど、これは対策のしがいがありそうかも。


「・・・及川さ、」
熱っぽくバレーの事を話していた岩ちゃんの声色が、急に張り詰める。
「なに、どうしちゃったの?恋の相談?・・・ってイタイイタイ、頭から手ぇ離してッ」
「今日のオマエの、名前への・・・ありゃ何だよ」
「えーっ、何のこと?」
「妙に絡んでただろ。アレ本気で怒ってたぞ。名前はもう、他校のマネージャーなんだしあんまりちょっかい出すなよ」
「別にちょっかいじゃないよ」
「んじゃ、何だよ」
「虫駆除!」

そう言い切ると岩ちゃんは、深いため息を吐いた。

「だってさぁ岩ちゃん、見た?烏野の連中、名前の事狙ってるヤツがいたと思わない?特に飛雄とか、飛雄とかさぁ。名前とは高校が別れて、中学の時みたいに悪い虫の駆除ができなくなっちゃったから、今日は絶好のチャンスだったわけ」
「ったく、あんなのが駆除になんのかよ・・・」
「フフン岩ちゃん、意外と効果絶大なんだよー?名前のまわりの悪い虫は、俺みたいな完璧な彼氏がいるって知ったら散ってくんだから。彼氏じゃないってもしバレても、及川さんみたいなイケメンが、名前にアタックしてるって知ったらだいたいの奴は敵わないーって諦めるじゃん」
「相変わらずスゲー自信だなブッ飛ばしてぇ」

…諦める、はずなんだけど。
食ってかかってきた、飛雄の姿が脳裏をかすめた。
バレーだけに留まらずどこまでもホンットーにカンに触る奴。


「……及川はさぁ、名前をどうしたいわけ」
「エッ!?どうしたいって岩ちゃん何それ、エッチ…!」

ガツンッと頭に、鈍い衝撃。
もう、すぐ殴るのヤメてよね。

「真面目な話だよ。その…彼女にしてぇ、とか思うわけ?」

岩ちゃんにそんな事聞かれたの、初めてかも。これは、俺も真剣に答えなきゃいけないかもしれない。

「…よくわかんない、正直。大事だけど、名前と付き合うとかって考えらんない。でも悪い男に引っかかったりして、名前が傷つくのは絶ッッッ対嫌。良い奴で名前を幸せにしてくれる男になら渡してやっても良いかなって思うかな」
「ナニ目線だよ。ってか良い奴ってどんな?」
「そうだねー俺より見た目良くて、でも浮気しなくて、一途で、頭も切れて、大人で、名前のやりたい事なんでも叶えてあげられて名前を一生裕福に養える男かなー」
「はぁ…。あのよ、"オマエが"幸せにしたいって思ってるわけじゃないなら、あーいうのヤメた方が良いんじゃねぇのか」
「でもそしたらさ、悪い男と付き合っちゃったらどーすんのさ!」
「悪いかどうかとか、幸せかどうかは名前が決めんだよ。ってか今日の見てたら、オマエがよっぽど悪い虫だっつの」

幸せかどうかを決めるのは、名前…かぁ。
確かに、そうかもしれないけど。
子どもの頃から面倒みてきたけど、あいつももう高校生だしね…。


「なにさ、岩ちゃんってばカッコイイ事言っちゃって」
「アホ言ってんじゃねえ。…まー俺が思ったのはそんなトコだよ。んじゃ、そろそろ帰っか」
「うーん…でもやっぱり、飛雄にだけは名前を渡したくないよー岩ちゃーん!」



飛雄が名前の事を好きなのは間違い無い。
それも中学の時から二年も三年も片思いしてるってんだからもはや変態だ。

そして、名前もきっと、飛雄が好きなんだろう。
あいつは中学の頃から学年問わず部員のサポートに励んでいて、飛雄の学年の奴らの事も努めて平等に接していたと俺から見ても思う。けれど、飛雄の事はどこか特別だったと思う。バレーの技術だけに惹かれているわけでもなさそうだった。…多分、他の奴らは気づかないような、俺の勘みたいなものだけど。

なんていうか…尊敬とか。安心とか。
飛雄といる時の名前の眼差しは、いつもそんな優しい顔だった。
ったく。そんなの年下に感じちゃうのって、男として見てるって事じゃんか。

なんていうか、それが、寂しい。
幼馴染として、幸せになってくれって願えればいいけど、俺だってそんな大人じゃないし。
岩ちゃんに言ったら女々しいって笑われそうだから、言えないけど。

あ、あと正直、名前をからかうのが楽しいってトコもある。
これも、岩ちゃんに言ったら怒られるからナイショだけど。

あーあ。名前、怒ってるかなあ。



部室を出る時に岩ちゃんがもう一度、「名前が決める事なんだから」とポツリと呟いたのがなんだか、俺に言っているようには、見えなかった。

扉の外はもう辺りが暗くなっていて、遠い空に小さいけど真っ直ぐな星が輝きはじめているのが見えた。誰の目にもとまらないかもしれないけど、一途でまっすぐな星だった。









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