影山 飛雄
- ナノ -


先輩




青城での練習試合が終わり、ゴールデンウィークの合宿も決まって。
俺は最近、授業の合間の昼休みすらボールに触るようになっていた。

今日みたいに、昼休みに体育館が使えないときは中庭で。
ここじゃ流石にサーブなんかの練習はできないけど、とにかくボールに触っていたかった。

・・・なぜだろう。なんだか、胸の中が落ち着かなくて。



「ご精が出ますね」



声がして、校舎の方を見ると。
渡り廊下から、コッチに歩いてくる菅原さんが見えた。



「チワッス!」
「影山さぁ、今日も放課後から部活あるのに。昼休みにまでボールいじってんの〜?もうそれ以上、上手くならないでくれよ」

冗談だけど、と言って笑った菅原さんはそのまま俺のボールを持って、トスを上げてくれた。
それを、俺もレシーブして打ち返す。


「・・・オマエさ。あんま、焦んなよ?」


そのボールをさらに打ち返しながら、菅原さんが言った。お互いに、オーバーやアンダーで返し合う形になる。


「・・・ウッス。でも、音駒との練習試合もあるんで」
「あー、違う違う。バレーの事もだけどさ、」


バレーの事じゃないなら、何の事だ?

疑問に思って菅原さんを見ると、すこし言いにくそうに口を開いた。



「・・・苗字の事だよ」
「え!?な、んなっ・・・」


動揺した俺は、菅原さんが返してくれたボールを拾い切れず、俺に受け止めてもらえなかったボールが俺の足元に転がった。


「まぁ〜でも、焦るよな。及川のあんなの見ちゃったらさ。ありゃー、俺もビビったわ」
「す、菅原さん、いっ、いつから気が付いてッ」
「え、イヤちょっと見てればわかるべ。影山、わかりやすすぎっしょ」


みんな知ってんじゃない?と言って笑う菅原さんに、俺は更に動揺しまくって何度もボールを拾い損ねた。

確かに、月島にもそんなような事を言われた。
でもあの時はなんとなく、あのまま話が流れたし・・・
月島のイヤミとか、冗談だと皆も思ったんじゃないかと思ってた。



「俺、そんなにわかりやすいですか・・・?」
「だなー。気づいてないの、苗字くらいかもね」


良かった、名前さんに知られてなくて。−−−ってイヤ、そういう問題じゃない。



「・・・だからこそ、焦っちゃダメなんじゃない?苗字に振り向いてもらうのなんて、たぶんかなり長期戦だべ」

菅原さんはさり気なく、でも的確にそうアドバイスをくれて。
・・・俺はなんだか、感動していた。
名前さんへの気持ちなんて、邪魔こそされても(及川さんのように)、こんな風に助言をしてくれる人なんて今まで一人もいなかった。




−−−そっか俺、焦ってたんだ。

あの、青城での練習試合以来・・・妙に心が落ち着かないのは。



高校に入って俺は、名前さんより背が高くなってて。
一緒に歩いても、急いでついて行かなくて良くなって。
中学の頃に漠然と、『名前さんより背が高くなって、今よりもっとすごい選手になれたら告白する』なんて思ってたから、ひょっとしたらもう、告白しても良いんじゃないか!?なんて思った。


けど名前さんは、やっぱりどこまでも俺を後輩としてしか見てくれない。
どんだけ言葉にしたって、行動に移したって、たぶん俺が同中の先輩に懐いてるって位にしか思ってない。
その上俺は・・・練習試合で及川さんや、岩泉さんに会って・・・まだまだ全然敵わないって、こんなんじゃ名前さんに釣り合わないと思った。
告白なんか、できるわけないって・・・。

それで心のどこかでものすごく、焦ってた。

じゃあ、いつになったら告白なんかできるんだよって。
しかもそうこうしてる間に、及川さんに奪われてしまいそうだ。−−−名前さんの細い腰を抱きしめる及川さんの姿が、瞼の裏にこびり付いて離れない。




「まぁでも、及川が相手ってなー・・・。イケメンで、青城の主将で、幼馴染で、年上、かあ。ちょっと、できすぎだよなぁ」
「・・・菅原さん。俺、確かに焦ってました。けどこんな風に思っても何も前に進まない、って・・・今思いました」
「だなー。ま、それにそんな心配しなくても、及川とそんなスグくっついたりしないって」
「え、なんでっスか」
「だって、及川ってずっとあんな感じなんだべ?苗字にその気があるなら、今までだって付き合っててもおかしくないだろ。幼馴染なんだし」


そうか、なるほど。さすが先輩は、考える事が違う!


「−−−俺、どー頑張っても及川さんに勝てそうな所いっこしか思いつかなくて。それ以外は、どうしようもない事ばっかなんです。学年だとか過ごした時間だとか」
「おー?1個って何よ?」
「バレーで、名前さんを全国大会に連れてく事っス!・・・あ、イヤ俺ひとりでできる事じゃ、ないですけど」
「あ、確かに!及川と苗字は、もうチーム違うしな。それに確かに、それは苗字が一番喜ぶ事だわ」



俺がひとり考えていた事を、菅原さんにもマルをもらえて俄然自信がついた。
たったひとつ、俺に残された道を見つけられた気持ちになる。



「名前さんを全国に連れて行けたら、俺・・・。名前さんに、」



−−−告白する、と言いかけて言葉を飲み込む。

いくら菅原さんが話聞いてくれたといえ、こんな事まで先輩に話すだなんていくらなんでもハズすぎる。
途中で止めたけど、菅原さんは気がついただろうか?
「影山って案外、かわいーのな」と言って俺の頭をがしがし撫でた。


その時、昼休み終了を告げるチャイムの音が響いた。
会話の後半ただ腕の中に収まっていただけのバレーボールを脇に抱えて、菅原さんと一緒に校舎へと戻る。

昼休みが始まる前まで俺を取り巻いていたモヤモヤは、気がつくとどこかへ消え去っていた。




「菅原さん。さっき、名前さんに振り向いてもらうの長期戦って言いましたけど。・・・俺もう名前さんに片思いして、三年っス」

「えっ・・・そ、そっか。大変だなー影山も・・・」


歩きながらそんな話をしたら菅原さんが、「本当に手強いのは、及川なんかより苗字なんだよなぁ」と言って、俺の肩を叩いた。









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