トクベツ
「−−−それで・・・私から名前ちゃんの、悩みを聞き出せば良いの?」
「あぁ・・・悪いな。こういう事はやっぱり、清水に頼むしか無くってさ」
授業の合間のお昼休み、澤村くんに呼び出された。
マネージャーという立場上、よくある事だ。
でも、クラスでは話しにくい事だとひとけの無い廊下まで呼ばれたものだから、なにか深刻な内容なのかと心配しながらついて来た。
澤村くんの話は、こうだった。
ここ最近、私の後輩マネージャーである名前ちゃんの元気が無い事を、部員たちも心配してる。
なにかあったのか聞いてみてほしい、という事だった。
「・・・なるほど」
「苗字のやつ、確かに夏前くらいから元気無いだろ。俺も気になってはいたんだけどさ。・・・同じ学年の田中や西谷が聞いても、何でも無いって答えるんだとさ」
名前ちゃんが元気無い事は、もちろん私も知っていた。
もう、1カ月くらいになるかな。
私はあまり人に干渉しないタイプだけれど、それでも前に一度聞いてみた事がある。
・・・『そんな事ないです』、『大丈夫です』って笑うだけだったけど。
人には、聞かれたくない事だってある。
だから私はそれっきり、あえて触れないようにしてきた。
いつか、話してくれるといいな。
私でよければ、聞く事くらいはできるよ。
そんな風に思いながら。
そっか、田中や西谷たちにも話さなかったか・・・。
「この前みんなと話してたら、苗字の話になって。みんな実は心配しててさあ。入部してきた春の頃は、『憧れの烏野高校だ〜』なんて元気いっぱいだっただろ。それがこの頃はしょんぼりしてるもんだから...旭なんて、『憧れて入ったチームが今こんな弱小だから、もしかして絶望してるんじゃない?!』なんてオロオロしてさあ」
はあ、と肩を落としため息をつく澤村くんのセリフから、慌てふためく東峰くんの姿がすぐに想像できて、ちょっとだけ心がほぐれる。
「それで・・・もしできたら清水から、聞いてもらえたらと俺も思ってさ。もしかしたら苗字にとって、言いたくない事かもしれないし、プライベートな事かもしれないけど・・・部活に関する事だったら、俺らで何とかできるしさ」
澤村くんの話をきいて・・・私はなんだか、胸のあたりがホコホコした。
だって部員数の少ないチームとはいえ、選手が一年生マネージャーにまで気を配ってくれるなんて。
烏野には、ちゃんと私たちマネージャーの居場所がある。
それに澤村くんが私を頼ってくれる事も、純粋に喜ばしい事だった。
「私も気になってたから、様子みて聞いてみる。・・・でも、もしも名前ちゃんが私にならって話してくれたとしたら、それは澤村たちに報告できないけど・・・それでもいい?」
「ああ、もちろん!もし苗字がひとりで悩んでるんだとしたら、誰かに話せるって事が大切だからな。ありがとう、清水。よろしく頼む」
わかった、と言ってわたしはくるりと澤村くんに背を向ける。
澤村くんは、やっぱりすごい。
私だって気になってたけど、さらに踏み込もうなんて思えなかったから。
「・・・なんだか澤村くん、まるで主将みたいね」
振り返ってそう告げると、彼は面を食らったように瞬きをした。
そして迎えた、その日の部活後。
更衣室で烏野ジャージから制服へと着替えながら、タイミングを計る。
...意外と難しいものだなあ、こういうのって。
「名前ちゃん、部活にはもう慣れた?」
なるべく、何気ない感じを装って話しかけてみる。
「潔子さん・・・はい、そうですね。みなさん親切に教えてくれますし」
「入部した頃と、なにか変わった事は無い?」
「変わった事・・・ですか?うーん・・・まだまだわからない事だらけですけど・・・」
自然な話の切り出し方を探っていたけど、なかなか見つからなくて。
回りくどいのも苦手な私は、もう直球で聞いてみる事にした。
「・・・なんだか最近、元気無いかなって思って。気のせいだったら良いんだけど」
制服のリボンを結びかけていた、彼女の細い指がピクリと動きを止めた。
「あ、あの・・・チームの士気を下げたりとか・・・しちゃってましたか、私?なるべく外に出さないようにって思ってたんですけど・・・ご、ごめんなさいっ」
そう言うと彼女は、真っ青なを顔して勢いよく頭を下げた。
「ち、違うよ。・・・心配だっただけ、だから」
私も、みんなもね。
心の中でこっそり、そう付け加える。
「・・・心配、ですか。・・・ありがとうございます、潔子さん」
名前ちゃんは少し安心したようだった。
その姿をみて私も胸を撫で下ろしながら、澤村くんからの任務を思い出す。
・・・核心の部分を、聞いてみなくちゃ。
「・・・名前ちゃん。『なるべく外に出さないようにって思ってた』って、言ったよね。・・・やっぱり、何かあった?」
名前ちゃんは迷っているような、戸惑っているような表情で私の言葉を受け止めながらゆっくり着替えの手を進めた。
「無理にとは、言わないけど・・・私で良かったら聞くよ。誰かに話すだけで、ちょっと楽になれる事だってあるかもしれないよ」
・・・って、澤村くんの受け売りだけど。
私ももう着替えは終わってしまって、手持ち無沙汰なのもあってなんとなく張り詰めたような空気が流れた。
伺うように名前ちゃんの表情を横目で見ると、彼女のきれいな瞳が心なしか揺れていた。
「・・・私が、わるいんです。勝手にやって、勝手に傷ついてるんですから」
拒絶されてしまうかと身構えてた私は、彼女が話し出してくれて少し安心した。
・・・一体、名前ちゃんの身に何が起きたというのだろう。
チーム内でのトラブル・・・?
「名前ちゃん、言える範囲で良いよ?」
年上の私に、こんなふうに迫られては追い詰めてしまうのではないか。
そう思い、逃げ道も一応用意してみたけど・・・名前ちゃんはやっぱり言いにくそうに、でもどこかすがるように、私に打ち明けてくれた。
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