雪の朝



「雪だー!」

ゆっくりと前へ進む船中に響き渡る声。
この船の船首には、可愛らしいライオンのモチーフが設けられている。そんな可愛いらしさからは想像もつかないかもしれないが、この船は間違いなく海賊船。
そして、その海賊船に、少年の嬉しそうな声が響いたのは朝のこと。


「うるせーよルフィ。まだみんな寝てるんだから少しは静にしろよ。」

キッチンから出てきたこの船のコック、サンジはそう言いながら少年の頭から毛布を被せた。

「ししっ!だってよぉ起きたら雪が降ってたんだぞ!嬉しいじゃねぇか!早起きしてみるもんだなー!」

毛布の隙間から満面の笑みを覗かせて、振り返った少年。確かに見た目は少年であり、幼ささえ残したその外見からは想像もつかないかもしれないが、彼はこの船の船長である。しかも世界政府も要注意人物とする程の。

ルフィは毛布でぎゅっと自身を包み、ばたばたと甲板を走りながら、本当に嬉しそうに雪を眺めている。
サンジは暫くその姿を見ていたが、自分の仕事の為にキッチンへ戻ることにした。




さぁ準備が出来た、とサンジは煙草に火をつけて一息ついたところで窓の外に目をやる。が、啣えたばかりの煙草を吐き捨て、甲板へと飛び出した。

「おいっ!ルフィ!」

数センチ積もった雪の上に、ルフィは仰向けになって倒れていた。先程の毛布に包まってはいるが。

サンジはすぐにルフィに駆け寄り、体を抱え上げた。

…のだが。
ルフィはぱっちりと目を開きサンジをしっかりと目を合わせた。

「なんだぁ?サンジ」

「な…なんだじゃねぇよ!このクソゴム!倒れてるの見たら心配すんだろうが!何してんだ!」

あまりに素っ頓狂な声を出したルフィに、ついつい怒鳴り声をあげてしまう。

「えー?おれは雪がすげぇ綺麗だったから、寝転がって降ってくるのを眺めてただけだぞ?」

ルフィは自ら座り直して、サンジと向き合いながら首を傾げる。

「…はぁそうかよ。びびらせんな馬鹿。」

煙草を取り出し、改めて火をつける。そして紫煙を吐き出しながら雪を降らせている空を見上げた。

「綺麗…ねぇ。」

そうぽつりと呟いた声はルフィの耳に届いたようで。

「サンジは雪が嫌いか?」

そう問われて思わず言葉に詰まった。

「いや…そうゆう訳じゃねぇよ。ただ…綺麗なことばかりじゃねぇっつーのは、テメェも知ってんだろ。」

思い出されるのは、あの時のこと。しかし。

「それでもおれは雪が好きだ!」

苦々しい顔をしているサンジに、ルフィはきっぱりと言い放った。

「好きなものは好きだ!おれは泳げなくったって、海も大好きだ!」

じっとサンジの目を見つめ、そう言いきったルフィの顔は少年のような、しかし、強い芯をもった男の顔だった。

「…そう、だよな。」

何だか自分が弱い人間のような気がして、少しばつが悪い気分になったサンジだったが、それ以上にルフィの真っ直ぐな強さに笑みがこぼれた。




「さて。朝食まであと少し。皆も起きてくるその前に…」

サンジはそう言って立ち上がりながら、ルフィの腕を掴んで立つように促す。

「?」

「やっぱ冷えてやがんな。」

それからルフィの体を引き寄せ、抱きしめた。

「冷てぇよ馬鹿。」

一言。呟いてから己の唇をルフィの唇へと寄せた。寒さと乾燥のせいで少しかさついた互いの唇は冷たかった。しかし、温かさを分け合うように重なりは深くなっていく。

「ん…ぅ、サン…ジ…」

合間に洩れるルフィの声さえ飲み込むように、サンジは唇を貪った。

唇が離れた頃には、ルフィから力は抜けており、サンジにもたれ掛かることになるのだが。顔は熱く、身体もほてっていた。

「よし。これで暖かくなったな?」

そう言ってニヤリと笑うサンジをじろりと睨んで(その目は潤んでいて迫力とは程遠いのだが)、ぽすんと腹を殴りつけたルフィはキッチンへとひとり入って行く。

「サンジー!腹減ったぁ!」

「はいはい」

ルフィの後に続いてキッチンに入り、用意してあったポタージュスープを皿によそう。そして、ことりとルフィの目の前に置いた。温かいだろうそれは、湯気を出している。

「ほらよ」

「………」

「何だよ。食わないのか?」

「食っていいのか?」

「だから出してんだろ」

「だって!まだ朝飯じゃねぇだろ?」

そう。いつもなら皆が揃って朝食が始まるまでは、食べられることはない。だからこそルフィは戸惑ったのだ。確かに腹減ったと要求はしたのだが。

「それはお前用。どうせ冷えるまで雪を見てるだろうと思って作っておいたんだよ」

そう言ってサンジは顔を逸らす。心なしか顔が赤い?

「サンジッ!」

ルフィは何だか堪らなく嬉しくてサンジに通り飛びついた。

「…っ!!」

その勢いに倒れそうになるが、なんとか受け止めるとルフィの頭ををやんわりと撫でた。

「たまにはな」

そして優しい目を向け、軽くおでこに口づける。

「早く食っちまえ。皆起きてくるぞ」

「おぅっ!」



皆が起きてくるまであと少し。
その間にポタージュスープの入った鍋は空になり、2人きりの時間もあと少し。
それはいつもの賑やかなキッチンとは違う、暖かい柔らかな時間。




END


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