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何でこんなことになったのか…。



おれはキッチンに立って目の前にある食材を手早く調理していく。

リズム良く刻まれる野菜たち。
鍋から漂う芳しい香り。

いつもと変わらないキッチン。
いつもと変わらない船が前進する度にたつ波の音。
それに揺れ。

少し違うのは扉を隔てた向こうから聞こえる騒がしい声がしないこと。
ひとりの声が足りないだけで船内はこんなにも静かなのか。そんなことをぼんやり考えた。


そして何よりもっと違うのはおれの今の姿。
今のおれは、アイロンのかけられた薄いブルーのシャツにエプロンを身に付けている。
エプロンの色はピンクだ。
いや、ピンク色は嫌いじゃない。ピンク色のエプロンは、何枚か持っているし(ドスコイパンダのものだってそうだ)、ピンクのシャツだって持っている。そしてそれは似合うと評判なんだ。
ああ、ここまでは普段のおれと変わらない。
違うのは…。

「なぁサンジ!それ、ひらひらしててチョウチョみてぇだな!」

「…うっせぇ」

「何でだよ!褒めてんのに!」

「嬉しくねぇよ!」

顔を上げてアホなことを言う奴を睨み付けた。

睨み付けた先には、普段なら扉の向こうで騒がしい声の中心にいるはずの船長、ルフィ。
そう、こいつがじっとダイニングにいるのもいつもとは違う。まぁたまにチョロチョロとつまみ食いをしようと食い物を狙ったりまとわりついたりはしているが。
でも、今日は違う。
じっとおれを見ていて。

それから、さっきの発言だ。

「似合うのに」

「だからそれ褒めてねぇんだよ!!」

ひらり。ふわり。

おれが動けば、それに合わせて舞うピンク色のチョウチョ。
いや、チョウチョなんかではない。
ひらひらと漂うそれは、おれが身に付けているエプロンに惜しげもなく縫い付けられた大きめのフリルだった。

「だーっ!何でこんなもん!」

脱ごうとすると、ルフィのゴムの手が伸びてきて阻止された。

「駄目だサンジ!脱ぐな!それ着けてなくちゃならねぇんだろ!」

「何でだよ!こんなの必要ねぇじゃねぇか!」

ゴムの手を引っ張り、離そうとするが。

「だって!それは“嫁”が着けるもんなんだろ!」

「…!!てめぇ…!」

嫁だと?ふざけんな!おれは男だっつーの!





話は数時間前に遡る。
ナミさんがニュースクーを読みながら、呟いた。

「そうか。いい夫婦の日なのね」

「いい夫婦?」

側にいたチョッパーがナミさんに聞き返した。

「そ。ただの数字の語呂合わせだけど。まぁ夫婦の二人が互いに感謝したり愛を確かめあったりする日…かしらね?」

「へぇ!何だか幸せな日なんだな!」

「そうね。いいわよね、いつまでも仲良しな二人って」

そんな二人の会話を微笑ましいなぁなんて考えながら、おやつの提供をしようと近づいたとき。

「おれ達の船には夫婦はいないから何もできないな」

チョッパーがそんなことを言い出して。

「そうね。でもお母さんみたいな人はいるわよね。ふふ。むしろお嫁さんかしら?」

ナミさんがそう言ってちらりと視線をおれに向けた。
はい?ナミさん?それはどういった…。

「サーンジー!おやつおやつおやつー!」

たらりと変な汗が流れると同時にでかい声が聞こえて、どんっと背中に重みを感じた。

「なぁサンジ!今日のおやつは何だ?腹減った!お?それか?いただきまーす!」

止める間もなくルフィの手が伸ばされて持っていた皿からあっとゆう間に今出来上がったばかりのブラウニーが消えた。
良いナッツらが手に入り、それらをふんだんに使った自信作。

「うめぇー!やっぱりサンジの作るもんは最高だな!」

もぐもぐごくん。口の中のものを飲み込んで、背中にぺたりとくっついたまま言うルフィ。
それから、くん、と鼻を馴らしてすりすりと頬を擦り寄せた。
おい?何してる?
思わず固まったままでいると。

「はぁー…サンジは煙草と食い物の良い匂いもするけど、石鹸の良い匂いもするよなぁ…」

うっとりとそんなことを呟かれた。

「なっ…!お前何言っ……」

背中にひっついたままのルフィを振り落とし、蹴り上げてやろうとすれば。

「アハハハ!やだおっかしー!お嫁さんてゆうかお母さん?」

「ナ…ナミさん…?」

ナミさんの笑い声と言葉に再び固まる。

「はぁ面白い…。やだ、タイミングばっちりだし、本当にあんたらってお似合いだわ」

「お…お似合い?何を…」

ダラダラと止まらない汗。ナミさん?まさか…

「ねぇサンジ君。今日くらい公に仲良くしても構わないわよ?」

いい夫婦の日だもの、と素敵にウィンク。
あぁウィンク姿は更に美しい…。
なんて思ったのは一瞬で、すぐに今の事態に血の気が引くのが分かった。
それから。

「ルフィ。いいものあげるわ」

おれに振り落とされ、ごろりと寝転んだままのルフィに向かって、にょきりと生えた美しい手からピンク色の何かが渡された。

「きっと似合うと思うの」

いつの間にか側に来ていたロビンちゃんが妖しく微笑む。

「可愛らしいお嫁さんにはやっぱりこれよね」

そう一言言いながら。







で。
ルフィはそれを広げて見るなり、おれに着けろと差し出した。
そう。フリルのついたピンク色のエプロンを、だ。
何でおれだよ!それ女物じゃねぇか!むしろ着けるなら見た目的にお前だろ!
そう抗議すれば、おれ料理できねぇし必要ねぇ!と、言い返され。更にはにっこり微笑んだ二人の女神の無言の威圧感に渋々とそのエプロンを身に付けることになった。

もう何故おれがこうなったのか。
何故女神二人はおれとルフィとおれの関係を知っていたのか。
そんなことはどうでもいい。
問題なのは、こんな姿でルフィに見つめられ、似合うと言われていることだ。


おれは男で。
それでも男のルフィを愛していて。
だからと言って女になりたいとか思っているわけではなくて(そんなの当然だ!クソ)。
ましてや“嫁”なんかではないわけで。

「クソ…何でおれが嫁なんだ…」

容姿から言ってルフィが嫁じゃねえ?
そうがっくりと項垂れるおれにルフィが一言言い放った。

「だってサンジはおれが見初めて船に乗せたんだからな!」

…は?み…見初め……?

「そんでもって、おれについて来てくれて、料理もしてくれて世話までしてくれて…嫁だろ!」

どーんと胸を張って言いきる姿は、無駄に男らしく。

見初める、なんて言葉は誰に教わったかなんて聞くのも馬鹿馬鹿しい。
抗議するのも疲れた。

はぁとひとつため息をついて、鍋の火を止めルフィに近付く。
なぁルフィ?おれだけが奉仕するのはおかしいよな?
今日は互いに感謝をし、愛を確かめ合う日のはずだぜ?
こんなフリルのついたエプロンなんて着けてたら締まらねぇし決まらないけど。。


「ルフィ」

少し低めの声で名前を呼べば、ルフィははっと真剣な顔をしてからぽっと頬を染めた。
そんな可愛い顔をしておれを嫁だと?
まぁいいさ。
今日だけはそれでもいい。
何故なら、公に「仲良く」していいとお許しが出たんだ。

いつもよりも「仲良く」しような?
おれの愛しい愛しい船長さん。







END


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