星に願いを

神に願うなんて馬鹿げてる。
けれどこんな日にだけは。星にだけは願ってみようか。




「たなばた」

「そう七夕」

ナミは長めの四角に切られた紙をルフィの目の前にちらつかせ、もう一度言う。

「この紙、短冊って言うんだけど、これに願いを書いて笹に吊すの。そうすると願いが叶うのよ」

そう言って先程寄った島で仕入れた笹を指差す。それは見張り台程高く、とても立派なものだった。前に進むメリー号に置かれた笹の葉は風を受けてさわさわと音を立てながら揺れている。

「今日は7月6日。七夕は明日だけれど今日のうちに飾って、明日7日に笹を海に流す、それが習わし。だからそれを今日のうちに書いて皆で笹を飾りましょ?」

「7月7日に意味があるのか?今すぐじゃ駄目なのか?」

珍しくこういったものに興味を持ち、首を傾げて質問を返すルフィ。ナミはそれに対して微笑みながら話して聞かせる。

「七夕はね、織姫星と牽牛星ってゆう二人が唯一会うことを許された日なのよ」

「誰だそれ」

そんな奴知らねぇよと言うルフィにナミは吹き出しながら空を指差し話を伝える。
琴座の一等星ベガである織姫星と鷲座のアルタイルである牽牛星。二人は共に働き者であったが、夫婦となった二人は本来の仕事である機を織らなくなり、牛を追わなくなった。夫婦生活が楽しくなってしまったからだ。その為に天帝は怒り、二人を天の川を隔てて引き離してしまう。ただ、7月7日だけに会うことを許して。

「天の川にはカササギとゆう鳥が橋を架けてくれて、二人は会うことができるのよ」

「…へぇ」

「でも雨が降ると天の川は渡れないわ。水が増えてしまうからね…」

「ふぅん…」

てっきり、不思議星か!とか不思議川だな!なんて言うかと思っていたナミだが、ルフィが真剣に話を聞き考え込むような表情と声色をした為に少しだけ戸惑う。

「あめ…」

「え?」

「雨、降らないといいな!おれてるてる坊主作るな!」

そう言ってぱっと笑ってからばたばたと走って男部屋に向かうルフィの背中を、ナミは何とも不思議な気分で見送った。




夜。
見事な星空の下、甲板ではサンジが腕を奮った料理の数々が並べられていた。天気も良いのだから笹飾りを見ながら外で食べようと提案されたのだ。

「いやぁ見事に晴れたなぁ。今日がこんなに晴れたなら前倒しで会えればいいよなぁ?二人がさ」

ウソップが空を見上げて感嘆の声を漏らす。

「これのお蔭かねぇ」

料理を運んできたサンジが見渡したその先には、大量のてるてる坊主が吊されていた。笹の葉に、だ。

「他の飾りをつけるどころか、短冊も吊せないんじゃねぇか?」

ゾロが半分呆れながら笹を見上げて言が目は優しく細められ、笑っている。

「まぁルフィなりの七夕ってことで。短冊の何枚かくらいは吊せるでしょ!皆はもう願い事書いたの?」

ナミはとても機嫌がいいいらしい。いつもこういった行事になると騒ぐだけの宴になるのだが、今日はそうではない、それが嬉しいのだろう。

「おう!おれはルフィとてるてる坊主を作って飾る時に一緒に吊したぜ?」

「ウソップは何書いたんだ?おれはルフィと一緒に書いたけど、吊したのはさっきなんだ。ゾロが手伝ってくれたんだ!」

ウソップとチョッパーは互いに何を書いたのか教え合い笑い合っている。

「ゾロ、あんたは?」

ナミの問いかけにゾロは方眉を上げ「星に願うことなんてねぇ」とただ一言。

「相変わらずね。つまんない奴!ロマンチックの欠片もないわ」

はぁとため息をついて、もういいわとナミはサンジに目を向ける。

「サンジ君はもちろん書いたわよね?」

「はい!もちろん!」

さっと出した短冊には『世界中のレディが美しくいられますように』と書かれ、また別の短冊には『ナミさんとデートがしたい』と書かれていた。

「はぁ…サンジ君らしいわね」

「アホコック」

「何だとクソマリモ!てめぇなんかマリモだから字も書けなくて書いてねぇんだろ!」

いつものように2人で睨み合い、罵り合い始めた時に今までどこにいたのかルフィがやって来た。飯時には誰よりも先にやって来ているのに今日はどこで何をしていたのか。

「腹減った!もう食っていいのか?」

「お、ルフィ。そうだな、短冊を飾り終えたら飯にしよう」

サンジはそう言ってゾロから離れるとルフィの頭に軽く手を押いてから、今見せていた短冊を吊しにかかった。次いでナミも、サンジに手伝われながら短冊を吊す。
それを眺めるルフィが少しだけ眉間に皺を寄せ、口を尖らせてていたのをゾロは見逃さない。

「おいルフィ。お前てるてる坊主は吊したみてぇだが、願い事は吊したのか?」

「え?あ、ああ!もう吊したぞ!」

にっと笑って振り向き、Vサインをするルフィに、ゾロは言う。

「おれも一つだけ願ってみるかな」

「へ?ゾロまだ願い事してないのか?」

「ああ。でも、今することにした。そうだな…ルフィがおれを」

そこまで言ったときに、サンジが「飯だ!席に着きやがれ」と2人の間に割って入った。お蔭でゾロの言葉は最後まで言われることなく、ルフィにも届かなかった。
まぁしかし、ゾロはその言葉を最後まで言うつもりはなかったのだが。それを言うのは、それを伝えるのは今ではないと本当は分かっていたから。

夕食の最中、願い事が叶うといいなーなんてチョッパーは楽しそうに笹と短冊、ついでにてるてる坊主を眺め、星に目を輝かせている。

「ふふ、そうね。あ、サンジ君!」

「はい!何でしょうナミさん?」

料理を運んだりと忙しなく動き回るサンジをナミが呼び止める。

「サンジ君の願い、叶えてあげるわ」

「へ?」

「私とデートがしたい、て願い?次の島で叶えてあげるって言ってるの。いつもお世話になっているお礼よ」

「ほ…本当ですかぁ〜〜!」

ぱちんとウィンクをするナミにサンジは目をハートにして、今にも抱きつきそうな勢いだ。

「すげー!短冊に願い事書くと、本当に叶うんだなぁ!」

チョッパーは目を輝かせ、願いが叶ったと感動し、その隣ではそうだなぁとウソップが顔を引きつらせて笑っている。それからウソップの前に座っていたゾロは、ちらりと隣に座るルフィを見た。
ルフィは少しだけ俯いて黙っていた。
…が、がたんと立ち上がって勢いよくサンジの方を向いて言った。

「よかったなサンジ!願いが叶って!」

「…へ?」

あまりな勢いにサンジはぽかんと口を開けてルフィを見つめた。

「…おれの願いはどうなるかなぁ」

ルフィは笹の葉のてっぺんを見つめながら一言だけ呟くと、また席に座って食事を始めたのだが、それから一度もサンジを見ることはなかった。


食事後はやはり宴になってしまい、短冊に何を書いたのかで盛り上がったり、自分の出身では七夕をどう過ごしたのかを話していた。まぁ他愛もない日常の話もしていたが。
七夕の始まりについて話が及んだときには、チョッパーは眠そうに目を擦り、ウソップもうとうととし始めた。

「さ、もうお開きにしますか。本当なら7日の明朝に笹を流すんだけど…まぁこんな状態だし、朝食後にでもやりましょ」

ナミの言葉をきっかけに、それぞれが部屋に戻り始めた。見張り番に加えて後片付けと明日の仕込みのあるサンジと、船首にぽつんとすわって笹のてっぺんと星を眺めるルフィを除いて。


「おいルフィ。部屋に戻って寝たらどうだ?もうお開きだ」

サンジは器用に重ねた皿を持ちながら、船首をルフィを見上げて声を掛ける。

「…おぅ」

返ってきたのは気のない返事。ルフィは振り返らない。サンジを見ない。
そう、あの食事のときから今の今までルフィはサンジの方を見ていない。サンジはそれに気が付いていた。

「おいルフィ」

「…おぅ」

「聞いてんのか」

「…おぅ」

「……」

「……」

沈黙が続き、波の音と笹の葉が擦れ合うかさりとした乾いた音だけが聞こえる。
沈黙を破ったのはルフィの方。

「見張り番…」

「は?」

「見張り番、サンジだったよな?今日はおれが代わりにやるから、サンジは片付けが終わったら寝ろよ」

急なルフィの申し出にサンジは何言ってるんだと首を振る。

「おれは片付けと仕込みをしながら船を見るから大丈夫だぜ?」

サンジは敢えて今日の見張り番を名乗り出ていた。片付けが多い日は、そのまま見張り番を兼ねることが常だったから。

「いいから!おれが見張りやるんだ!」

「はぁ?何をそんなにムキになってるんだよ」

「なってねぇ!もぅとにかく!サンジは寝ろよ!見張り台には来るな!」

ムキになってないなら何なんだ、と言うくらいに声を荒げてぷいと体の向きを変えると、ルフィはそのままスタスタと見張り台へ向かい、びょんとゴムの腕を利用して登ってしまった。

「何だあいつ…」

サンジはその姿を見送るとキッチンへと戻り片付けを開始することにした。心がちくりとしたそのままで。


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