小説
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人の情緒を振り回す



「ねえ名前! 私のプリンは?」

新学期が始まって間もないある日、四限の自習中のことだ。黙々と自習用の課題プリントを解いていると、千枝が憤慨した様子で私の前の席に腰かけた。英和辞書を取りに少し離席していただけの、席の本来の持ち主である佐藤くんとばちりと視線が合う。そばで立ち尽くし困惑している彼は大人しい性格で、千枝に対して正面からどいてくれと声をかけられるタイプではない。

「千枝……、自習中に出歩かない。人の席に勝手に座らない」
「自習中だからこそでしょ。プリントなんてどこでも出来るじゃん。ね、いいでしょ?」
「あ、ああ……。俺は芦屋の席借りるよ」

謎の発言はひとまずスルーして着席を咎めると、千枝は罪悪感の欠片も感じさせない表情をして、すぐ横に立つ席の持ち主を見上げる。強引に得た同意によってこのままここに居座る権利を得た彼女は、「ね?」とこちらに微笑んだ。引き留めようとするも、彼はすでに移動してしまっていて、呼び止めれば逆に困らせてしまいそうだ。このまま千枝を説き伏せる手間と天秤にかけ、申し訳ないけれど、彼の善意に甘えることにした。

そもそも自習とはいえ授業中なのだけど、それを指摘していては切りがない。すでに教室内は、隣のクラスから文句が出ない程度の喧騒に包まれていた。友人同士で固まって雑談をしつつ課題を解いている女子の集団はまだましな方で、教室の後ろの方ではスマホアプリで通信対戦をしている男子までいる。クラスの学級委員長という立場からして無秩序な空間を窘めるべきなんだとは思うけれど、正直なところを言えば、面倒な気持ちの方が強い。疎まれながら注意したとしても、せいぜい五分静かにさせるくらいが関の山だ。見過ごせないほどになるまでは、何もせずに静観させてほしい。自主性を重んじる方針ってことで。

「千枝、課題ここでやるの?」
「大体終わった。分かるところは埋めたから、あとは名前と答え合わせしようと思って」
「ほぼ真っ白じゃん……」
「だから、分かるとこだけ埋めたんだってば」

差し出されたプリントを呆れながら突き返す。甘やかす気はないので、答えを写させてあげたりはしない。長年の付き合いの千枝はそれを分かっているはずだから、ただおしゃべりをしに来ただけだろう。

「で、さっきのプリンって何の話?」
「ああ、そうそう。名前が最近変えてたLINEのアイコン、前言ってた店のでしょ。私の分は?」
「え、ないけど」
「なんで」
「なんでって……。だって貰いものだし」

そもそもなぜ自分の分もあるのが当然という口ぶりなのかが不思議だが、千枝だからとしか言いようがない。自分のものは自分のもの、他人のものも自分のもの。とんだジャイアニズムだ。

「それでも私にもちょうだいよ。家まで持ってきてよ」
「やだよ」
「あーあ、幻のプリン食べてみたかったなあ」
「一緒に買いに行こうって誘ったとき、面倒だからいやって言ってたじゃん。興味ないんじゃなかったの?」
「並ぶのはいやだけど、並ばずに食べられるなら食べたいもん」
「ほんと千枝そういうとこ」

呆れながら課題プリントの最後の解答欄を埋める。見直しは軽く見ただけだけど、英語は得意だし、まあ大体合っているだろう。これで残りの三十分は自由の身だ。

「いいなあ、私にも幻のプリンくれる知り合いほしい〜。誰からもらったの?」

たぶん、その答え自体には興味はない、凡庸な質問だったのだと思う。春休みの間に遊びにきた親戚とか、そういう答えを予想していたのかもしれない。
何でもない風に答えようとして、一瞬、躊躇した。そのためらいがいけなかった。

「え、っと……、黒尾くん、から……」
「……ふーん。へえー」

千枝は一瞬きょとんとした顔を浮かべたあと、口角をみるみる上げこちらを楽しそうにのぞき込む。ずいぶんと含みのある相槌だ。

「な、なに」
「べつにぃ? そうなんだーって思っただけだけど」
「言っとくけど、ホワイトデーでお返しにもらっただけだからね。バレンタインの話、したでしょ」

べつに後ろめたいことは何もないのに、気恥ずかしくて言い淀んでしまったのを悔やむ。この女がそんな様子を見逃すはずがなかったのだ。
絶対またなにか、変な邪推をしているに違いない。

「あー、そっかあ、そういう流れ。そんであのアイコンなわけねえ。で、肝心のプリンはどうだった?」
「すっごい美味しかった、けど……。なにそんなにやにやしてんの」
「やだな、ほんとに心の底からよかったねえって思ってるだけだってば。ずっと食べてみたかったんだもんね、あそこのプリン」
「そうだよ」
「うんうん、そうだよね。思わずアイコン変えちゃうほど気に入ったんだよね」
「そうだよ! もう、何がおかしいの」

睨みつけるも、千枝は楽しそうに笑うばかりだ。
だって、幻のプリンだもん。写真くらい撮るでしょ。嬉しかったから、SNSにだってあげちゃうし、携帯のホーム画面にもしちゃうし、アイコンにだって、しちゃうでしょ。当たり前じゃない。

 ◇

終業のチャイムが鳴り、昼休みが始まる。
残り十分のところで私が無理やり取り組ませて、千枝のプリントは、正誤はともかくなんとか空欄を埋めることが出来た。短時間でここまで出来るなら最初からちゃんとやればいいのにと言っても、本人はどこ吹く風だ。

「課題は昼休み終わるまでに教卓の上に出しておいてねー」

少し声を張り上げて、先ほどまで放棄していた学級委員の仕事を始める。ばらばらとクラスメイトが立ち上がり、藁半紙を提出していった。
あらかたの生徒が出したのを確認して、乱雑に重ねられた藁半紙をとんとんと揃えると、二、四、六と枚数を確認していく。
千枝はそばに立って、その様子を何をするでもなく眺めていた。彼女が手伝ってくれるとは端から思っていないので、こちらも何も言わず淡々とプリントを数えていく。

「名前さ、もう少しスカート折ってみない?」

彼女の脈絡のない発言は、本日二度目だ。数を数えている最中に、混乱させないでほしい。

「んー? なんで?」
「いつも何回折ってんの?」
「内側に二回だけど……」
「よし、もう一折りいこ。もう三年だしいける」

千枝は返事を待つことなく、私のスカートのウエストに手をかける。ふだんなら止めるところだけれど、プリントを一から数えなおしにするのは面倒でされるがままだ。
遅れて課題を提出しに来た男子が、千枝が私のスカートをまさぐっているのを見てぎょっとしていたので、苦笑いで返す。ごめんね、驚かせて。害はないから気にしないでね。
人数分の枚数が揃っているのを確認して、ふとスカートを見下ろしたときには、すでに膝小僧は丸見えになっていた。折る回数を一回増やしただけで、こんなにも印象は変わるものか。

「うわ……、短すぎない?」
「大丈夫だって。名前なら先生に目つけられないし。委員長パワー」
「なにその謎パワー」

委員長パワーなんていらないから、途中で辞任できるものならさせてほしい。
あんなに嫌がっていた学級委員長になぜ今年もなっているのかと言えば、厳選なる抽選の結果だ。結局というか案の定というか、誰一人として委員長には立候補することなく、困った担任はあみだくじで学級委員を決めると言いだしたのだ。クラスの誰もが固唾をのんで見守る中、私苗字名前の学級委員長続投が決定してしまった。
あの確率で、どうして私なんだろうか。くじ運がいいんだか悪いんだか分からない。どうせ低確率を引くなら、商店街のくじ引きとかに当たってほしかった。

「はあ……それで? 何で急にそんなこと言い出したの」

私と千枝は制服の着こなし方も私服の系統も異なるけれど、それぞれが好きなようにしている。私は千枝の着崩し方を咎めないし、千枝も私に変化を求めない。普段、お互い不可侵だった。だというのに、今日は一体どうしたというのだろうか。

「私さ、気がついたんだよね。いつも先生にスカート短いって怒られるの、名前が横にいるせいなの」
「だから私も短くしろって?」
「そう」
「それ、ただ怒られる人数が一人から二人に増えるだけじゃない?」
「死なばもろとも!」
「道連れやめて」




お弁当を食べ終わって、残りの昼休みの間に英語準備室まで課題のプリントを置いてくる道すがら、他の教師に頼まれて、他クラスのノートまで準備室へ持っていく羽目になってしまった。
教師からの頼みごとを断れるはずもなく、増えた荷物を抱えなおす。

「はあ、重た……」

両手で四十冊近いノートを抱え、さらにその上に重ねたプリントが滑り落ちないよう、なるべく自分の身体の方へ傾ける。
三階にある英語準備室までの階段を上がる。持てないほどの重さではないが、バランスを崩さないように注意しながら一段一段上るのは一苦労だ。踊り場で一度、手すりにノートを置いて休憩しよう。
いつもの数倍の時間をかけて、ようやく踊り場まであと一段、というとき。空いた窓からびゅうと強い風が吹き込んだ。ノートの上に重ねていたプリントがいくつか、ひらりと風に乗り、私の身体を通り過ぎ、後ろへと飛んでいく。

あ。

慌てて、宙を舞うプリントを目で追う。ふらりと重心が崩れる。ぐらり、身体が傾く。バランスを取ろうにも、腕の中のノートのせいで、どうにも身体が上手く動かない。
あれ。これ、もしかして、落ちる? 

「……っぶねえなあ!」

バランスを崩した身体は、横から抱きかかえられるように、人の腕に支えられていた。
大きな手のひらが、痛いくらいに私の肩をつかんでいる。

「く、黒尾、くん?」
「そうだよ。ほら、ちゃんと立て」
「う、うん」

彼はひどく慌てた表情でこちらを見ている。階段から受け身の取れない体勢で落ちかけたという事実に気が動転して、なんだか呆然としてしまう。
彼が支えてくれているうちに、地に両足をしっかりつけると、踊り場の床にノートを置いた。プリントは階段の下まで散らばってしまっている。

「あ、ありがとう……」
「なんで荷物増えてんだよ。教室出るときなかったじゃん」
「えと、隣のクラスの先生に頼まれて……」
「断れよ」
「でも、持っていく先、同じだったし」
「体幹ひ弱すぎんだよ、鍛えろ。それから、頼まれたらからってなんでもぽんぽん引き受けんな」

彼の口からは矢継ぎ早に言葉が出てくる。彼にしては珍しく荒く、責め立てるような口調だった。

「そ、そんな大声で叱らなくたっていいじゃん……」
「目の前で人が落ちかけたこっちの気持ちにもなってくれませんかねえ!?」
「ご、ごめんなさい……」

それはたしかに、トラウマものかも。助けてもらっておいて口答えしたのを、素直に反省する。

「ほんっと焦った。」

はあ、と大きなため息が、彼の口から逃げていく。俯きながら、彼は後ろ頭をがりがりと掻きむしった。ああ、申し訳なさでいたたまれない。

「やべーよ、今も心臓バクバク言ってるもん。聞いてみる?」
「き、聞かない」

彼が真顔で胸元を抑えながら言うものだから、とっさに首を横に振る。
だけど、よかった。もういつも通りの黒尾くんだ。


二人で床に階段に散らばったプリントを拾い集めて、枚数を確認する。憂鬱だけど、ここからまた準備室までもう一度、このノートとプリントを持ち上げて運ばなくちゃ。
そう思っていた矢先、彼がノートの上にプリントを乗せ、ひょいと抱えて立ち上がった。

「え、」
「ん?」
「わ、私も持つよ!」

何でもないみたいに小首をかしげる黒尾くんを引き留める。どうして当然みたいな顔して、私の荷物を持ってくれているんだ。
元々私の仕事だし、ノートだって私が引き受けたもの。彼に手伝ってもらうならともかく、私が何も持たず彼に任せきりは気が引けてしまう。

「……あー。じゃあ、あのさあ、」
「うん」
「俺がこれ持ってるんで、その間にスカートを直してほしいなあと」

そう思うんですけど、いかがですか。
黒尾くんは小さい声でそう言うと、目を上にふいと逸らす。彼の言葉に、何も考えず自分のスカートを見下ろした。

「え……? あ!」

昼休みに入った直後、千枝にスカートの長さを変えられていたことをすっかり忘れていた。
この短さで階段を上っていたのだ、もしかするとスカートの中が見えてしまっていてもおかしくはない。
今更遅いけれど、とっさにスカートの裾を後ろ手に押さえる。

「も、もしかして、見えちゃってた……!?」
「べつに見てないし見えてないけど見えそうだから言ってんの」

彼が目を逸らしているのは、今すぐさっさと直せということだろう。踊り場の端なら人目にもつかないし、上階から人が降りてこない限り、だれかに見られる心配もない。慌てていつも通りの長さに戻して、乱れたプリーツとセーラー服の裾を整える。

「ありがとう。もう大丈夫」
「……あんな短くしなくたってよくない?」

黒尾くんはなぜか少し不機嫌そうにスカートの裾を見た。いつも通りの長さに戻ったのを確認したのか、ちらと見てすぐ視線を戻したが、手に抱えたノートはそのままだ。そろそろ私にも持たせてくれないだろうか。

「そうだよね。私もそう思う……。短いと太ももまで見えちゃって恥ずかしいし……」
「いやべつに、似合わないとかそういうわけじゃないし、短いのも可愛いですけどね」
「か、かわ、……!? だ、誰にでもそういうこと言うのやめたほうがいいよ!?」
「言わねえよ」

可愛いなんて、親戚とかの大人の人に社交辞令でくらいしか普段言われないから、同級生に言われるとどんな言葉を返せばいいのか分からない。
ただのクラスメイトの女子に軽々しく言えちゃう黒尾くんは、果たして紳士的なのか、それとも軽薄なのだろうか。きっと、彼の言動に勘違いしてしまう女の子はたくさんいるのだろう。
突然の誉め言葉への照れ隠しに、ぶっきらぼうに両腕を彼に突き出した。

「に、荷物! 私の分ちょうだい!」
「じゃあプリント持って」
「それじゃ黒尾くんだけ重くて不公平だよ」
「いーんだって。俺両手ふさがってっからさ、準備室のドア開けるの頼んでいい?」
「それはいいけど……」

たしかにそう言われてみれば、二人して両手が塞がって扉が開けられないのは間抜けだけど、やっぱり重たい方を持たせてしまうのは心苦しい。
……でも、黒尾くんが持っていると、あのノートの束もあまり重たそうに見えない。あんなに重かったのに、と先ほどまでの重さを思い浮かべる。これが男女の差だろうか。それとも、黒尾くんがとりわけ力持ちなのかな。

先ほどまではあんなに苦労していたのに、彼に手伝ってもらってからは拍子抜けするくらいあっという間に準備室へとたどり着いた。まあ後半はプリントしか持っていないので、当然といえば当然だ。

「ありがとう。すごく助かったよ」
「どういたしまして」
「そういえば、どうしてこっちまで来てたの?」

英語教師に質問でもあったのかと思っていたけれど、ノートを準備室に置いた後はなにかするわけでもなく、そのまま部屋を出てきてしまっていた。
次の授業は英語じゃないし、プリントの出し忘れじゃないのは、ちゃんと枚数を確認したので知っている。

「こっちに用事があったんだよ」
「そうなの? 用事って?」
「もう終わった」

彼がしたことと言えば、私が階段から落ちかけたのを救って、ノートを代わりに持ってくれたくらいだけど。
不思議に思って小首をかしげるが、彼は何も言わず階段を下りていく。まあ、べつに深く追及することでもないし。いっか。



教室までの廊下を二人並んで歩いていると、ふと、先ほど千枝が妙に意味ありげに笑っていたことを思い出した。
そんなにも、私のSNSのアイコンは愉快なのだろうか。深く考えずに使ってしまったけれど、もしかして、男子からもらったものをアイコンにすることは、そういう関係の男女だと邪推されてしまうものなのかもしれない。
一度気になってしまうと、そわそわと落ち着かない。ああそうだ。目の前にはちょうど良く、唯一私が多少話しやすい(と勝手に思っている)男子がいる。いっそ、彼の意見を聞いてしまえばいいんじゃないだろうか。

「あのね、黒尾くん。つかぬことを聞くんだけど」
「はいはい、なんでもどうぞ?」
「ええと、私が黒尾くんをどう思っているかとか、恋愛とかそういうのとは全然違うんだけどね」
「待て待て待て。……え、何の話?」
「その、一般論を聞きたいんだけどね? 男の子からもらったものをLINEのアイコンにするのって、まずいのかな」
「なんにもまずくないと思いますけど!?」
「そうだよね!?」

食い気味に疑惑を否定されて、ほっとした。安心した勢いで彼の顔を見上げる。黒尾くんは困ったように私を見下ろしていた。

「えっと、そもそもまずいってなにが?」
「なんか、こう、変な勘違いとかを周りからされないかとか……」
「誰かからなんか言われた?」
「なにか言われたわけじゃないけど、千枝が……」
「あー……」

察したように黒尾くんが苦笑いを浮かべる。

「でも苗字はさ、べつに自分から言いふらしたりしないでしょ」
「まあそうなんだけど」
「けど、心配?」
「少し」

もう千枝以外の子には、黒尾くんからもらった話はしないつもりだし、千枝も言いふらすようなタイプではない。そもそも他人のアイコンの写真が誰からの贈り物かなんて、興味を持たれるほどの機会は滅多にないだろうけれど。噂にならないとしても、それが、そういう関係だと思われてもおかしくない行為であったら、と考えると、気持ちの問題として、なんとなくそわそわと気になってしまったのだ。

「なんもおかしくないと思いますよ。プリンはプリンだろ。堂々としてていいんじゃないの」
「そう、だよね」
「ていうかなんで俺に聞いたの」
「だって、頼れるの黒尾くんしかいなくて」
「……あー、そうね」

そもそも身近に質問できるような男の子の知り合いが少ないのだ。黒尾くん以外だと弟か研磨くんしか選択肢がない上に、歳下相手にこういった話をするのはちょっと気が引ける。

「まあ、たとえ仮に周りで変な噂が流れても、俺はべつに困んないけど」
「困んないの?」
「困んないよ」

事実と異なる噂が闊歩したところで、本人が堂々としていれば気にならないものなのかもしれない。周りからとやかく言われようと気にしないのは、ちゃんと自分を持っているからだろうか。

「……なあ、それさ、他のやつからなんか言われたら、LINEのアイコン変えちゃうわけ?」
「んー……、それはいや」
「なんで?」
「だってあの写真見るたび、美味しかったなあ嬉しかったなあって幸せになれるのに」

それなのに、周りからの誤解のために変えてしまうなんて、そんなことはしたくない。どうにか誤解を生まないように、アイコンの話は今後だれにもしないでおこうと心に決めた。

「それに、そしたらアイコン以外も全部変えなきゃいけないし……。スマホのロック画面の方の写真はね、箱も一緒に写した写真なんだよ。見て」

幻のプリンは、プリン本体だけでなく包装まで魅力的なのだ。
スマホの画面を表示して横を向いたところで、隣を歩いていた彼が数歩後ろで立ち止まっていたことに気が付く。振り返り、首を横に傾げた。
黒尾くんは両の手で顔を抑え、宙を仰いでいる。ただでさえ背の高い彼の表情は、私からは窺えない。

「どうしたの?」
「いや……。ちょっと噛み締めてる」
「なにを……?」
「感動を」