小説
- ナノ -




忘れていいよと泣いた声は届かない



ある晴れた日に噴水の前で「私、おそ松くんのことが好きだよ。もしもおそ松くんもおんなじ気持ちだったら、また明日、ここに来てくれる?」と、そう言って、自分がぽかんとしている間に逃げるように去っていった女の子は、次の日も、その次の日も現れなかった。

冗談だったのかと、騙されたのかとそう思って腹を立てた。
ひどい話だと思わないか。恋なんて生まれてこのかた縁がなかった男にそんなときめきを与えるだけ与えて、本当に信じたのかと笑っているんだ。きっとおれが今日も噴水の前で待っているのを、おれに見つからないどこかで笑って見ているんだ。
きっと、そうに違いないんだ。そう、思い込んでいたかった。

あの子が噴水から逃げるように去った日、事故で亡くなったなんて信じられなかった。信じたくなかった。
おれに告白して、それから家に走って帰る道すがらの出来事だったという。大型トラックに轢かれて、そのまま彼女は帰らぬ人となった。それを聞いたのは、おれが噴水で待ち続けて3日目のことだった。

おれがあの日あのとき、彼女が逃げるのを走って追いかけていれば。追いかけて、彼女の手を取って、おれも好きだって、そう言っていたら。
そうしたらきっと彼女がトラックに轢かれることもなくて、今頃この噴水の下でおれたちはデートをしていたのだろうけれど。そうしていたら、そうしていれば。

「おそ松兄さん、……もう帰ろうよ」

心配そうに声をかけるおれの兄弟。弟にそんな顔させちゃ、長男失格だよなあ。

「ああ、……もう帰るか」

腰掛けていた噴水から立ち上がる。
また来るよ。
明日も、明後日も、一週間後も一ヶ月後も、またここに来るよ。
おれも好きだって、まだあの子に答えていないから。


噴水に腰掛けて来ない人を待ち続ける想い人の隣に座る。
身体なんてないから、本当は座ってなんかいないんだけれど。
私ね、死んじゃったんだよおそ松くん。ごめんね、自分に告白した女が、その日に死んじゃったなんて、後味悪すぎるよね。だから君は、罪滅ぼしみたいに毎日ここに来てくれるんでしょう。

まるで彼に呪いをかけてしまったみたいだと思った。だってほら、その証拠に私は成仏出来ずにいる。人を呪わば穴二つ。
成仏出来ず、想い人が苦しめられているのをただ見せられ続けているのだ。可哀想なおそ松くん。運が悪かったと思って、悪い夢でも見たと思って、私のことなんて忘れてくれていいのに。