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140字詰め



全部繋がってません


そばにいてよとおそ松が私の腕を掴む。駄目だ、ここで絆されたりなんかしてやるものか。今日こそこんな男とは別れてやる。そう思うのに、身体が動かない。彼は手に力を込めていないのに、逃れられない。いつだって彼の手を振りほどけなくて、彼の誘惑を断れない。今日もずるずると爛れた関係は続く。

「おそ松くん、大好きだよ」うん、俺も好き。いじらしくて可憐で強くて魅力的で愛しくて。ああもう、目の前の彼女が可愛すぎてどうにかなりそうだ。彼女の背中を抱きしめると、俺の腕の中にすっぽりと小さな身体が収まる。こんなに小さいと、俺の大きすぎる愛で潰してしまいそうだなんて、そう思った。

松野くん。机に突っ伏して寝たふりをしていると、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。重たい頭を持ち上げて、たった今起きましたみたいな顔を作る。「あのね、次の時間、教科書一緒に見せてくれないかな」「……他のやつに頼めば」「やだ、松野くんがいいの」なにそれ。彼女は何も言わず、ただ微笑んでいた。

ねえ、おれのこと貰ってよ。お金も職も甲斐性もないけど、君への愛だけは溢れるほどにあるからさ。「それってもしかして、プロポーズ?」「そうだよ、プロポーズ」酷いプロポーズの仕方もあったもんだ。「しょうがないから、もらってあげる」君みたいな人をもらうような物好き、私以外いないでしょう。

全て終わらせたいのです。この爛れた関係も、私の人生も、全部おしまいにしたいのです。もう疲れちゃった。だから、ちゃんと全部後悔のないように、立つ鳥跡を濁さないように、蹴りをつけてきたんだけど。あとは君がこの手を離してくれたら、全部終わるのに。「そんなの聞いて、離すわけないだろ」

「ありがと。それじゃあ、もう会うことなんてないと思うけど。元気でね」女はそう言ってホテルから歩き出す。この女、結局誰でもよかったんじゃねーか。処女を捨てられたら誰でもよくて、それで俺は利用された。思わず、去っていくその女の腕をつかんだ。こちらを振り向かせてからのことは、考えない。

松野くんは、私のこと好きですか。「え〜それ聞いちゃう?」勇気を出して聞いた問いにも、彼はいつもの調子で返す。やっぱり、面倒くさい女だっただろうか。重いって、思われたかな。後頭部をつかまれ、引き寄せられた。「そんなこと聞かなきゃ分かんねえほどぬるい愛し方は、してないと自負してるけど」

ごめんな、俺は君のことを一生かけて幸せにする気でいるけれど、世界一幸せにはしてあげられない。だって世界一幸せなのは、君と君の母さんと一生隣にいられる、この俺だからさ!そう断言する彼に、世界一幸せが三人いたっていいでしょと諭す。目から鱗みたいな顔をしてから笑うその顔が、ただ愛しい。

「もう家帰ろうよ」こんなに手冷たくしちゃってさ。どれほどの間、ここに立っていたの。あいつは来ないよ、もう知ってるだろう。最初から分かっていただろう。「やだ、待つ」強情だな。あいつは帰ってこないよ。もう松野家じゃなくて自分の家があるんだよ。だから諦めて、他のお兄ちゃんで妥協してよ。

俺、最初に言ったよね。束縛するって。離す気無いって言ったじゃん。冷めたって他のやつに惚れたって関係ない、逃がしてやらないよ。君が天国に行くなら登っていくし、地獄へ行くんなら一緒に堕ちてやる。その愛を受け止める程度は、覚悟してもらわないと、……ちょっと!急にキスするのずるくない!?

松野おそ松とはパブリックドメインだ。松野家の六つ子の長男であるという存在。喧嘩が強くて調子が良くて、リーダーシップがある、そんな存在。六つ子の誰もが松野おそ松であり、六つ子の誰も、松野おそ松ではない。つまり、そういうことだった。

「心中しようよ」目の前のフグ刺しを箸で贅沢にさらいながら彼は言う。「急に何言ってんの?」「フグ毒ってあるじゃん、死ぬときはさ、俺と一緒にフグ中毒で死のうよ。美味しいしいいじゃん」テトロドトキシンで心中なんて、随分色気のない話だ。

「おそ松兄さんはさ、一人っきりの世界を経験したことがあるでしょう」「……何の話だよ」「僕はさ、六つ子の世界しか知らないんだよ。1番最後に生まれたから。ねえ、兄弟が一人もいない世界って、どんなだったの」そんなの、忘れちゃったよ。

彼女の頭からつま先まで、丸々全てを愛したかった。口付けて、印を付けて、僕のものだって主張したかった。外側だけじゃなくて中の粘膜にだって僕を刻みつけたいと、そう思っているのに。今日も0.03mmの壁に阻まれて、彼女に触れられない。

おそ松兄さんは、俺のヒーローなんだ。小さい頃からずっと憧れていた。俺たち5人の弟を引っ張るリーダーシップに、人を惹きつけてやまないカリスマ性。全部、俺がどう足掻いたって手に入らないものだった。俺は、ヒーローにはなれやしないのだ。

「……マルボロのライトメンソール?」「残念、外れ」バイト先の常連さんは、毎日違う煙草を買いに来る。今日はどれを買うのか当てっこするのが、私と彼の間ではお馴染みになっていた。「俺が今日どれ買うか当てられたら、名前、教えてあげる」

世界で一番可愛くて可憐で魅力的な女の子。私が恋したのは、そんな素敵な女の子だった。彼女の周りには6人の男の子たちがいて、彼らは彼女に夢中だった。恨めしい、羨ましい。私も男に生まれていたら、あんな風に堂々と彼女に求愛できたのかな。

「俺たち本当息ぴったりだよなあ」「高校でこんなに意気投合する奴らに出会えると思ってなかったよ」「しかも5人も!」どうしてだろうな、全員違う家に生まれて、顔も名前も違って。それなのに、俺らが昔兄弟だったなんて、そんな夢を見るんだ。

眉の角度が鋭いだろう?そう言った彼を見つめると、彼はびくりと肩を揺らした。友人から無愛想と評される私は、初対面の人には怖がられがちだ。「怖がらせましたか」「いや、弟によく似ていたから、びっくりして」 彼はそう言って弟の話を始める。私が興味あるのは、弟じゃなくて君なんだけど。

孫保証って言ったって、相手もいない童貞のくせに随分大口叩いたね。そう冷たく返せば、「女の子が童貞とか言うな」と顔を赤くしながら窘められた。本当に初心で可愛い人。君の子供を孕みたいって言ったら、あなたはどんな顔をするのかな。

「何様のつもりなんだ、あんた」次兄が長兄の胸ぐらを掴む。普段は温厚な彼が本気で怒りを見せるのは、目の前の彼だけだった。「お兄様だよ、松野家六つ子の、長男様だ」長兄は、舌を出して挑発する。弟の怒りなど、恐るるに足らなかった。

松野トド松は末っ子である。六つ子の1番最後にこの世に生を受け、他の兄の誰より甘やかされて育った自覚がある。何せ愛してくれる相手が7人もいるのだから、愛に飢える機会がないとすら言えた。そして、それ故に人を観察することに慣れていた。

粘着質、そんな言葉がよく似合う恋人の愛情表現。「一松くん。私、どこにもいかないよ」「言葉でなら何とだって言えるでしょ」本当にどこにもいかないよ。このロープを解いたって、鍵を開けたって、私はこの部屋を出ていかないよ、本当だってば。

好きな人が出来ました。彼は六つ子の長男で、頼り甲斐があるのに少し抜けたところがあって、端的に言えばとても魅力的な人でした。告白をして、付き合うことになって。それから数日後です。彼の弟たちが、私たちの仲を邪魔するようになったのは。

おそ松兄さんみたいに弟を引っ張る存在になりたかった。格好よくて頼れる兄でありたかった。どうして俺は、あんたみたいになれないんだ。口から溢れる言葉は、嫉妬であり羨望であった。それを黙って目の前で聞く男は、溜息を一つ、深くついた。

目の前の弟は自分に憧れているという。お前さ、俺のこと買いかぶりすぎじゃない?俺好き勝手やってるだけだよ。お前が後ろであいつら見ててくれるから、だから無責任に馬鹿出来んだよ。例えそう言っても、きっと馬鹿なこいつは聞いちゃくれない。

「このこと、あいつらには内緒にしてね」口の前に人差し指を立てて彼は言う。いつもクラスの中心にいる、松野くんの秘密。クラスの誰も、彼の5人の弟すらも知らない、世界中で私と彼だけの秘密が出来た。まるで、共犯者になった気分だった。

僕には5人の兄がいて、十四松兄さんには4人の兄と1人の弟がいる。これが何を意味してるか、一松兄さん分かる?つまり、十四松兄さんは僕だけの兄さんってこと!十四松兄さんが兄になってくれるのは、世界で唯一僕一人!これって最高じゃない?

「あいつと付き合い始めたって?」放課後の教室で話しかけられた。うん、そうだよ。「なんであいつなの?同じ顔だし、俺だってよくない?」君と彼が違う存在なのは、私より君の方がよく知ってると思うけど。さあ帰ろう、下駄箱で彼が待っている。

彼の汗が、ぽたりと私の顔に落ちる。汗で、その他の体液で、私の身体は全身どろどろだった。彼の頬に手を伸ばすと、「……なに、」と唸るような声を出された。「獣みたいな顔してる」「はは……、理性、ぶっ飛んでるから」彼の瞳の中の私も、獣のように飢えた目をしていた。