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流石に飲みすぎた



「みんな飲み物来たー?それじゃあ皆様お集まりいただきありがとうございます、今日は精一杯楽しみましょう!よろしく!」
「かんぱーい!!」

幹事の乾杯の音頭で、皆がビールジョッキを互いに打ち付け合う。そこかしこからお疲れさまの声がテーブルの上を飛び交った。

ビールを喉に流し込む。仕事で乾いた喉が、一気に潤っていく。
酒は得意でも苦手でもない。ゆっくりとほろ酔い程度に嗜むならなんら問題はないのだけど、酔いすぎると記憶を失ってしまうタイプだ。
結局昨日はあんな喧嘩みたいなことになってしまってウコンを受け取り忘れてしまった。今頃冷蔵庫の中で眠っているか、もしくは存在すら忘れ去られてビニール袋に入ったまま机の上に放り出されているのだろう。悪酔いしなければいいけど。

今朝も松野さんと会話をせずに家を出てしまった。それでも彼がタオルで顔を拭ってくれなければ今日も起きられなかったというのが悔しいし、何より自分が情けない。私今までどうやって1人で起きていたんだろう。
昨日は勢いであんな風に言ってしまったけれど、もちろん今日は一次会が終わり次第まっすぐ家へ帰るつもりだし、帰ったら昨日の言葉を謝りたい。餃子の件はあったものの、松野さんは心配してくれたのに、ずいぶん乱暴な言い方をしてしまった。

「苗字さん、だよね?」

目の前に座った、さわやかな雰囲気の男の人が話しかけてきた。自己紹介で趣味は映画鑑賞と言っていた気がする。名前は思い出せない。多分世間一般でイケメンに分類されるであろうタイプだ。

「苗字さん可愛いからさ、来たときから気になってたんだよね!」

真正面から熱のこもった視線をぶつけられる。なんで口説かれてるんだろう。……あ、そういえばこれ合コンでしたね。

乾杯のビールの後に、とりあえず昨日の松野さんを思い出して八海山を注文してみた。よくわからない味だった。そもそも日本酒は嗜まないので違いが判らない。カクテルとワインが好きだ。

ふと斜め前を見ると、口許をしきりに抑えながら、ロングカクテルのグラスを傾ける女の子がいた。
彼女が飲んでいるのは、ロングアイランドアイスティーだった。よくもまあ居酒屋に置いてあるものだと感心する。味と外見は普通に紅茶なのに、ラムにウォッカにテキーラに、とアルコールがどっぷり入っているやつだ。飲みやすくて度数が高いとくれば、レディキラーとして男性には重宝されるのだろう。大方、男性陣から飲みやすいよと勧められて注文してしまったのかもしれない。
ああ、グラス交換制だから、それを飲みきれないと他の飲み物が飲めないのか。
思わずお節介心で話しかけた。

「それ、飲めそう?大丈夫?」
「あっ、苗字さん……。んー、飲みやすいんだけど、なんかこれ飲んでると、すごい、くらくらしちゃうんだよね……」
「それ、私が飲むよ。烏龍茶頼んでおくから、それ飲みなよ」

ふらふらと顔を真っ赤にしているその子を放っておく気にはなれなかった。
1人のを引き受けると、それを見ていた周りの子たちから、「私も乾杯のときに頼んだビールが」「注文したはいいけど飲みきれなくて」と次々に酒の消費を頼まれる。なまじ日本酒を初めに注文したから、酒好きと勘違いされているのかもしれない。
飲みきれるだろうか。私もあまり強いほうじゃないんだけどと主張はするが、頼られると断りづらい。


「じゃあそろそろ時間なんでー!この店出るよー!」
幹事の声が頭にガンガンと響く。
お手洗いに寄るから先に出ていてと周りに伝え、エレベーター前のベンチに座る。

「あー……流石に、飲みすぎたかな」

繰り返すけれど、酒は強くも弱くない。飲めば普通に酔っ払うのだ。
頭がぼうっとして、足下がおぼつかない。目がくらくらする。何よりひどい睡魔に襲われている。これは、1人で帰れるかな。松野さん、帰ってこいって言ってた。帰ったら、ただいまって言って、昨日はごめんなさいって謝らなくちゃ。
俯いて帰ったあとのことを考えていると、足元のすぐ目の前に、革靴が見えた。
頭を上げて見てみると、今日の飲み会の初めに話しかけられた彼だった。

「大丈夫? 苗字さん、色んな女子から酒引き取ってたもんなー。あれはかっこよすぎだよ、野郎共に押し付けてやれば良かったのに」
「あはは……頼まれると断れなくって」
「その様子じゃ二次会は無理だよなあ」
「あー、うん、それは遠慮しとく。だから、私に気にせず」

行っていいよ、と続けたが、彼はそれを聞かずにスマートフォンを操作して誰かと連絡を取っていた。

「幹事には連絡した。そんな状態の女の子放っておけるわけないだろ。家まで送っていく」

ああ、これはモテそう。うん、イケメンだからこそ出来るやつだ。

タクシーに乗り込むと、彼がその隣に乗り込んだ。そこで、私の記憶は途絶えている。


  ◇


目覚めたら、見覚えのない天井。一糸纏わぬ姿の自分、隣には見知らぬ男が裸で寝ていた――、なんてことはなく。

目の前には、松野さんの寝顔が広がっていた。私の頭の下には彼の腕があり、私の腰には彼のもう一方の手ががっちりと添えられている。どうやら、彼に抱きしめられながら寝ていたらしい。なぜ。
時刻を確認しようと少し身じろぐと、頭が殴られたような鈍い痛みに襲われた。酷い二日酔いだ。「……っ!」と思わず声を上げると、松野さんがゆっくりと目を見開いた。起こしてしまったようだ。

「あ……」
「……起きた?」
「お、おはよう、ございます」
「……はあ」

深い溜息をつかれた。どうしよう、私、帰ってからの記憶ない。もしかして、酔った勢いで暴言とか吐いてしまったんじゃないか。いや、暴言だけじゃなくてもう物理的に嘔吐してしまったかもしれない。

「あ、私、あの、何か粗相をしていませんか……?」

ああ、このやり取り、以前にもやった気がする。でも今回は、どんなに記憶を遡ろうとしても思い出せない。

「覚えてねえの?」
「……酔うと、記憶無くすタイプで」
「ふうん……。覚えてないんだ」

なに、私は一体何をしたの。色んな想像が頭をよぎって、思わず顔が真っ青になる。

「……何もしてないよ」
「本当ですか?」
「大丈夫、男に付き添われてふらふらだったけど、ちゃんと帰ってきた。水飲ませて風呂沸かしに行ってたらここで名前ちゃんが寝ちゃったから仕方なく俺は隣で寝た。……まあ結構絡まれたけど」

どぅーゆーあんだすたん?
松野さんがひらがなで発音して、それから首をかしげる。
絡まれたって、私、一体なにをしたんだろう。

「は、はい。迷惑かけちゃって、ごめんなさい」
「ていうか今何時ー?うわまだ11時じゃん、もうちょっと寝ようよ。……あ、やばい腕の感覚ない」

腕枕って結構辛いんだなと驚いたように呟いて腕を揉んでいる彼に、痛む頭を押さえながら、もう一つ質問をする。

「だ、抱きしめられてたのはなんでですか」
「俺が抱きしめたかったから」

ますますよく分からなくなってくる。抱きしめたかった?なんで?寒かった?

「名前ちゃん、もう合コンとかそういうの行かないでね」
「は、はい」
「あと人前でお酒飲むの禁止。家にいるときか、せめて俺がいるときだけにして」
「え、」
「俺との約束ね」

私もしかして、彼に昨晩ずいぶん酷い迷惑をかけてしまったんじゃないだろうか。松野さんは優しいから、私がこれ以上他人に迷惑をかけないようにこう言ってくれているんじゃないか。そう思うと、なおさら昨晩の自分の行いが恐ろしくなってきた。

「松野さん、私昨晩そんなにひどい酔い方したんですか?」
「もういいよ、怒ってないから気にすんなって」

そう言って彼は、もう話すことはないとばかりに二度寝してしまった。