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肉餃子にんにく抜き




松野さんがテレビをつける。大物司会者の出ているバラエティがグルメ特集を放送しているところだった。こんな深夜の時間帯にこんな飯テロを放送するテレビ局は、随分と意地が悪いことをするものだ。液晶の中で、羽根の生えた餃子がじゅうじゅう音を鳴らす鉄板から皿に盛られる。美味しそう。肉汁がたっぷりだの何だのと、女子アナがレポートしている。いいなあ、餃子食べたい。
味気のないコンビニの海苔弁当を前にしているのに、舌はすっかり餃子を求め始める。それはどうやら隣で生姜焼き弁当を食べている彼も同じようだった。

「名前ちゃん、餃子食べたい。今度作って」
「餃子ですか?餃子、うーん、にんにく抜きでいいなら」
「いいよ、肉餃子ね」

肉餃子、にんにく抜き。覚えておこう。
松野さんは肉が好きだ。唐揚げや豚かつ、焼肉。弁当を2種類買っていくと、必ず肉がメインの方を取っていく。好みがわかりやすくていいけれど、栄養が偏りそうなので私がたまに自炊をして野菜や魚を食べさせている。
あ、餃子ににら沢山入れたらどうかな。白菜も入れて。でもあんまり野菜を入れすぎると、「これじゃ肉餃子じゃなくない?」って拗ねられてしまうかもしれない。まるで好き嫌いが多い子どもの母親みたいなことを考えながら、献立を考える。餃子なら汁物は中華スープがいい。サラダも中華風に統一して、春雨を入れても美味しそうだ。




風呂上がりに耳掃除をしていると、松野さんが「俺やりたい」と言ってきた。竹で出来た耳かきをウェットティッシュでぬぐって渡せば、違う違うと首を振られた。

「俺が耳かきするんじゃなくて、名前ちゃんにしてあげんの」
「ええ……?でももう私終わりましたよ」
「いやもう耳くそ無くても別にいいよ、やりたいだけだからほらここ来て」

耳垢のこと耳くそって呼ぶのやめてくれないかな。松野さんが足を伸ばして座り、自分の膝をぱんぱんと叩く。ここに寝転べということなのだろうか。
こんな風に、何かやりたいと言い出したときの彼は、とりあえず挑戦させてやらないと拗ねてしまう。本当に、大きな子供と一緒に暮らしている気分だ。この分だと多分、餃子を作るときも、「俺も包んでみたい」と言い出しそうだなあと考えながら言われるがまま寝転んで、彼の太ももに頭をのせる。彼の手が、私の耳を無遠慮に撫でた。

「名前ちゃんの耳たぶ柔らかいね」
「そうですかねえ……他の人と比べたことがないのでどうにも分からないですけど」
「やらかいって。俺の触ってみ」

ふにふにと耳たぶを揉まれながら、左手を彼の耳元まで持ち上げられる。触ってみたけれど、あまり違いがわからなかった。私のも彼のも、両方同じくらい柔らかいと思うけど。

耳かきで外耳をこしょこしょと掻かれる。普段人にされることなんてないから、なかなか新鮮で気持ちいいかもしれない。

「よし。出来たよ。次反対側」

はあ。出来たよも何も、右耳左耳、どちらも掃除終わっているんだけどなあ。満足気な声がなんだか面白くて、思わず笑みをこぼしながら寝返りを打ち頭の向きを変えた。
気持ちよくて、段々うとうとしていると、突然耳の奥に激痛が走った。

「……いっ、! いたい!痛いです!」
「あ、わり、奥やっちゃった」
「もう!松野さん下手くそ!」
「あっ、待って、俺Mじゃないけど女の子に下手くそって言われるのってちょっとだけ興奮する」
「何言ってるんですか?」
「女の子の奥を突いちゃって痛がられるってなんかエロくない?」
「何言ってるんですか!?」

そのあと、松野さんが俺もやってと言うので交代して耳かきをする。そういえば膝枕って膝じゃなくて太ももだし、太もも枕が正しいんじゃないのかな。どうして膝枕って呼ぶんだろう。そんなことを考えながら彼の耳を梵天で撫でていると、ずっと黙ってされるがままだった松野さんが急に声を上げる。

「名前ちゃんってさー、あの、あれだよね」
「なんですか?」
「パーソナルスペース狭いっていうか、スキンシップに躊躇いがないよね」
「躊躇いも何も、松野さん相手ですから。他の人が相手なら、もっとちゃんと距離とりますよ」
「ふーん。……そっか。ふーん」
「なんです、にやにやしちゃって」
「べっつにー。ただ名前ちゃんは俺のことが大好きなんだなーって」
「はあ?」
「だって名前ちゃんは、俺がいないと嫌なんでしょ」

松野さんが、にやりと笑う。思わず言葉が詰まった。それは、私がこの間買い物の帰り際、バス停で言った言葉だ。悔しいけれどその通りだった。
彼なしでは生きていけない、と表現すれば少し語弊が生まれそうだけれど、事実、いきなり彼がいなくなってしまったら、いろんな意味で生活に支障が生じるのは間違いなかった。

「……そうですよ。だから、勝手にいなくならないでくださいね」
「へへ、わーかったわかった。名前ちゃんはかわいいなあ」

なんで今かわいいって言葉が出てくるの。ああもう、頭をぐしゃぐしゃと撫でないで。さっき綺麗に乾かして整えたばかりなのに。

「ちょっと、ちゃんと横向いててください。耳掃除できないじゃないですか」
「へいへい、名前ちゃんは母親みたいだな」
「こんなぐうたらな子供産んだ覚えはありませんよ」

太ももに置かれている頭をぺしりと軽くはたく。頭の重みと温かさが、なんだか心地よかった。