――×××の見合い騒動からしばらくして。

クロードは×××と連れ立ってフィリップ城の廊下を歩いていた。ウィルから、話があるので×××を連れてきてもらいたいと頼まれたのだ。

ウィルとクロードは、彼女の前で見合い騒動の話をする事を避けている。縁談という紳士的な場で、まさかあのような事態になるとは予想出来なかった。
彼女自身は「落ち着いたのでもう大丈夫です」と言っているが、いつトラウマとなってフラッシュバックするか分からない。
完全に彼女の心が落ち着くまではそっとしておこうと、イザベル女史からの謝罪も先送りにしてもらっている。

「トラウマになったと思ってるんですか?」

それが×××の本心なのか、ただ何事もなかったように振る舞っているだけなのか、クロードには分からなかった。
人の心の機微を読むのは苦手だ。特に彼女の心はまったく読めない。

「確かにとても怖かった。あのまま何かされるんじゃないかって思いました。でも…」

ふっと表情を曇らせた×××だったが、すぐにその顔は晴れ、頭一つ離れた位置にあるクロードを見てはっきりと言った。

「それ以上にクロードさんが助けに来てくれて嬉しかったんです」

あの時どうしてクロードの名前を呼んだのか、×××には分からなかった。ただ、心当たりならある。蓋をして隠してしまおうとした想い。
早く元の世界に戻らなきゃと焦っていたのも、この想いが蓋を破って溢れてしまいそうだったからだ。だから――

「あの時来てくれて、本当に嬉しかったって言うか、安心したんです」
「……助けを求められれば、駆けつけるのは当然ですから」


クロードには聞こえたのだ。

自分の名を呼ぶ×××の声が。





君と始めるワールドエンド

(ジョーカーはもう一枚)




――このまま、ねじり上げた男の腕を折ってしまおうかとも思った。


それはスペンサー家に対する侮辱でも何でもなく、×××を傷つけようとした不届者に対する報復として。
冷静だとかクールだとか言われていても、一皮剥けば只の人間の男。激情ぐらい持ち合わせている。

「…心の傷が癒えたら、イザベル様が改めてお詫びしたいとおっしゃっていました」
「そうですか…」
「あの男は来ませんよ。今回の件でイザベル様もようやく腹を括ったのか、勘当同然で追い出したそうです」

今回の件の処理に関しては、門外不出。クロードもウィルも内で何があったのか関知していない。ただ、イザベル女史が勘当同然で追い出したと風の噂で聞いた。

「再び×××様の前に姿を現すことはないでしょう。何かしでかせば、イザベル財団とスペンサー家の両方を敵に回すことになるので」
「そ、そうなんですか…」
「…もうこの件に関してはいいでしょう。ウィル様をお待たせしてはいけません。早く行きますよ」
「は、はい!」


そう言って話を切り上げ、早足で廊下を歩くクロードだが、彼は知らない。ウィルがもう一つぶち壊してもらいたいと願うものがあるなどとは。


今回の見合い以上に、ウィルが崩壊を望むもの。


――それはクロード自身の世界。


自分が×××と出会って新しい世界を知ったように、クロードにも新たな世界を知ってもらいたいとウィルは切に願っている。
いつか動き出すと思っていたが、待てども暮らせども一向に動き出す気配が見えてこない。こういう役回りは性に合わないのだが、仕方がない。
可愛い妹分の後押しと、いつでも自分の味方でいてくれようとする男に対する恩だ。…そういうことにしておこう。これがウィルの複雑な心境である。



「…ウィル様、×××様をお連れしました」
「あぁ。入れ」

ウィルの執務室のドアを開け、×××を先に通すクロード。

「×××、突然呼び出して悪かった」
「いえ。お話というのは…」
「今から話すよ。…クロードが出ていったらね」

ちら、とクロードに視線を送るウィル。…最近何だか主人の自分に対する態度が冷たいのは、気のせいだと思いたい。
ウィル王子至上主義のクロードにとって、主人に素っ気なくされるのは地味に辛いのだ。

「…何かありましたらお呼び下さい」

そう言って一礼すると、クロードは執務室を後にした。



「邪魔者もいなくなったことだし、直球で聞いてもいいかな?」
「……?」
「クロードのこと、好きなんだろ?」

蓋をして隠してきたクロードに対する好意。こうも直球で言われてしまうと、もう隠しようがない。×××は小さく頷いた。

「別に咎めたりするつもりはない。むしろ、喜ばしいぐらいだ」
「ウィル…?」
「少し聞いてくれないか」


ポツリ、ポツリとウィルは話を始めた。



「小さい頃のクロードは泣き虫で、大人達に色々言われては陰で泣いていた」
「信じられません……」
「そう思うなら、古株の使用人に聞いてみたらいい。皆一様に口を揃えてそう言うから」

くすりと笑みを零すウィル。幼き日のクロードを思い出したのだろう。

「アイツは小さい頃からずっと王室に仕えている」
「ご両親は…」
「家族の事を聞くと、いつも曖昧に誤魔化された。使用人達は皆、年に一度は里帰りをするんだけど、アイツが里帰りをした事は一度も無い」

ウィルは今でも覚えている。それは、二人ともまだ小さかった頃のクリスマスの前日。
家族が待つ故郷に帰るため、足早に城を出ていく使用人達を、寂しそうに、羨ましそうに窓からクロードが見ていた事を。

「最初は気を遣って聞いていた者達も、次第に聞かなくなっていった。そして、クロードは城にいるのが当たり前だって雰囲気になった」
「クロードさん…」

×××は胸が痛くなった。彼はあの深い海の色にも似た藍色の瞳の下に、一体どれだけの秘密を隠し持っているのだろうか。
見下したような冷たい態度も、突き放すようなきつい物言いも、彼の作り上げられた外側でしかないのならば。

(私は、クロードさんの内側に触れたい――)


そんな×××の決意を知ってか知らずか、ウィルは自らの願いを伝えることにした。

「アイツは怖がりだから、自分の世界を作って極力他と関わらないようにしている」

関わらなければ傷つくことは無い。それはクロードが身に着けた処世術の一つだった。
物心付いた頃には親元を離れて既に王室に仕える立場にあった彼は、自分を守ることで強くなるしかなかったのだろう。

「ただ、最近はその世界が少しずつ壊れてきてる気がするんだ」


ウィルの青い双眸が×××を射抜く。



「…君の存在だよ、×××」



「俺にはクロードが君を持て余しているように見える。どう接すればいいのか分からないってところかな」




「クロードを頼む」




 


title by:夜空にまたがるニルバーナ


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