見合いというものは、中盤になると仲人が席を外して当人達だけにするという。それは古今東西同じなのだろうか。
三人がいなくなってからというもの、どうもトマスの距離が近い。話をするだけなのに、何故同じ三人掛けのソファーに座る必要があるのか。
少しずつ少しずつソファーの端へと移動して距離をとっていた×××だったが、とうとうソファーの端まで来てしまった。

「×××さん、どうして逃げるんですか?」
「それは、その…」

トマスの手が伸びてきて、×××の華奢な手首を掴む。振り払おうにも、思いの外その力は強かった。
両手首を掴まれ、狭いソファーの上で逃げ場を失った×××。彼女の抵抗も虚しく、トマスの顔がすぐそこまで迫ってくる。

(…いやっ!!)

もう逃げられない。絶体絶命のピンチの中、それでも×××は必死に助けを求めていた。
ノーブル・ミッシェルでのミッションの時に自分を守ってくれたあの広い背中。×××は思わず彼の名前を口にしていた。

「…クロードさん!!」





君と始めるワールドエンド

(レテの深界に沈没)






「×××様に対する無礼は、スペンサー家への侮辱行為と受け取ります」

突然トマスの体が離れていき、×××の視界はダークブルーのスーツによって遮られた。

「…イザベル様、いかがなさいますか?」

クロードの声につられた×××が視線だけを部屋のドアに向けると、そこにはイザベル女史が青ざめた顔で立ち尽くしていた。
その後ろには、いつものクールな表情とはかけ離れたウィルもいる。廊下が騒がしくなり、SPやらホテルの関係者やらも出てきた。

「ウィル様、これは私の不始末。勝手な申し出ではありますが、今日のところはお開きにさせて頂けませんでしょうか?」

ウィルに向かって深々と頭を下げるイザベル女史。その体は微かに震えていた。

「…俺はイザベル女史を見送ってくる」

茫然自失の体で視線を彷徨わせている×××。ウィルはクロードに後を任せたと言い残し、イザベル女史を促して部屋を出ていった。
音もなくドアが閉まると、部屋には×××とクロードの二人きり。何が起きたのかまだ理解出来ていない様子の×××にクロードが躊躇しつつ声を掛けた。

「…×××様」
「!?」

弾かれたように顔を上げた×××。クロードと×××、二人の視線が絡み合う。

「すみません、あの、突然の事に驚いてしまって……」

気丈に振る舞おうとする×××の髪を、クロードが慈しむようにそっと撫でた。先程の恐怖を取り払うかの如く撫でられて、×××の瞳にじわじわと涙が溜まっていく。

「……っ」

そのまま縋って泣きだしてしまった×××を、クロードは困りつつも寂しげに見つめていた。藍色の瞳がゆらゆらと揺れる。
小さな胸の痛みも、持て余すこの感情も、錘を付けて海の底に沈めてしまうことが出来たなら、どれだけ楽になるだろう。
天を仰ぎ、クロードは深くため息を吐いた。彼女に接していると、今まで自分の築いてきた世界が壊れてしまいそうだ。それがとても怖かった。


「……本当に厄介な存在だ」

そのつぶやきは誰にも聞かれず、ただ静かに消えていった。






「…クロード、×××はどうした?」
「疲れてお眠りになりました」

それから少しして、イザベル女史を見送りに行ったウィルが戻ってきた。ソファーの背もたれを枕に眠る×××。毛布を掛けたのはクロードだろう。

「イザベル様は…」
「今日のところはあのドラ息子を連れて帰られた。彼女には改めて詫びたいと言っていた」

あのイザベル女史があそこまで怒りを露わにするとは思わなかった。ウィルは後にそう回顧する。
彼女の全身から滲み出る怒りの感情に、ホテルの支配人やSPはおろか、ウィルもなかなか声を掛けられなかったのだ。

「…クロード、どうして先に戻ったんだ?」

二人きりにした後、頃合いを見て別室に行っていた三人が戻る算段だったのだが、不意にクロードが失礼しますと言って部屋を先に出た。

「紅茶でも差し入れにと思いまして」
「邪魔したかったんじゃないのか?」
「ウィル様…」

暗に最後通牒を突きつけたのは貴方です。どこぞの国の執事なら、きっぱりとそう言っただろう。しかし残念ながら自分には彼のような度胸は無い。
何と言えばいいのか分からず、クロードは無表情で答えるしかなかった。

「いい加減素直に……というか、気づけ」

ウィルは思う。×××とクロードは二人が共通して抱えるものに気がついていない。…いや、本当は気づいているのかもしれない。
目を背けて蓋をして、見ない振り、気づかない振りをして過ごせば、きっと何時の日かそれは気のせいだったと言える日が来る。
その証拠に、ここ最近の二人、特にクロードは不安定だ。十数年も一緒にいる相手だ。多少の変化は感じ取れる。

「俺は城に戻る。クロード、お前は×××が起きるまで傍についていろ」
「かしこまりました」

波風立てず、ただ定められた通りに生きていくだけならそれで十分だろう。だが、ウィルはクロードにも知ってもらいたかった。
王家に仕えることのみを至上として生きてきたこの男に、世界はもっと広い、怖くないと知ってもらいたい。
ウィルが×××と接することで考え方を少しずつ変えてきたように、クロードにも世界に対する認識を変えてもらいたかった。

――彼女を愛する一人として。




 


title by:夜空にまたがるニルバーナ


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