――クロードが×××の部屋をノックしていた時、×××はウィルの部屋に居た。


クロードが退室してすぐに、ウィルは×××を呼び出した。今から気が進まない話をしなくてはならない。
ウィルの内心は鉛のように重く、暗雲が掛かっている。本当は、こんな事を自分の口から言いたくなんてないのに。

「この間のパーティーで会ったイザベル女史を覚えてる?」
「…確か、財団の代表を務めていらっしゃる方ですよね?」
「そう。…彼女から君に見合い話が来ている」

え、と驚く×××を見て、ウィルは気が進まない話をする事の辛さを更に実感する。

「相手はトマス卿。イザベル女史と一緒にパーティーに来ていた人だ」

名前を告げられ、×××はその時紹介された男性を思い出す。背格好はウィルと同じぐらいだっただろうか。
若くして事故により親兄弟を亡くしたが、そこから一代で財を築き上げたイザベル女史の唯一の身内だという人物。
いい人か悪い人かと聞かれればいい人だったと思うと答えるが、正直×××の中に残る人物像はかなり薄かった。

「オレとしては断りたいところなんだけど」

君の為にも、オレの為にも……彼の為にも。――そう言いたいのを、ウィルはぐっと堪えた。

「だけど、この話は×××に来た。…君はどうしたい?」

ウィルの問いかけに、×××は悩んだ。あまりにも突然過ぎて頭がついていかない。
考える時間が欲しいと言えば、ウィルは×××に考える時間を与えてくれるだろう。
しかしその時間で結論が変わるとは思わない。――×××の答えは決まっていた。


「…折角のお話ですし、お受けします」

どこか翳りのある表情に、ウィルは彼女が本心では望んでいない事を察した。
自分だけではどうにもならないしがらみ。彼女にも同じ思いはさせたくないのに…。

「本当にそれでいいの?」

アイスブルーの瞳にじっと見つめられ、×××は思わず顔を伏せた。断れるものなら断りたい。だけど…。
ここで自分が断れば、多かれ少なかれスペンサー家とイザベル財団の良好関係に響くこととなる。

「×××がそれでいいなら止めないけど……後悔しない?」


――後悔しないなんて言ったら嘘になる。


それでも×××は頷くことしか出来なかった。


自分自身をこのフィリップ王国から切り離す為にも。





君と始めるワールドエンド

(執行猶予があると思うな)





シャルルのアパートに戻ってからも、×××はかなりの頻度でフィリップを訪れていた。
優しくてスマートな、兄のように慕う王子様と、口うるさくて意地悪だけども実は優しい執事。
×××はそんな二人が大好きだった。叶うのならば、ずっと一緒にいたいと思う。

「…でも、本当はここにいちゃいけない」

一体どんな運命の悪戯なのか、×××は本来ならば全く縁の無かった世界に足を踏み入れることになった。
ただの庶民で留学生にしか過ぎない自分が、夢にも似たおとぎの国にいることがおかしいのだ。
このお見合いだって、ちょっと改まった合コンだと思えばいい。もしかしたら気の合う素敵な人かもしれない。


――今ならまだ、普通の世界に戻れる。


×××は胸の前でぎゅっと拳を握りしめた。……胸が痛いのはきっと気のせいだから。

「ウィルは断りたいって言ってたけど、クロードさんはどう思ってるんだろう…」

“ぶっ壊してこい”と命じられたとは露知らず、×××はクロードの内心を計りかねていた。
彼のことだ。特に何とも思わず粛々と執務をこなしているのだろう。

「…うん。一度会ってみて、合わなかったらお断わりしよう」

×××もまた、胸の痛みに蓋をした。痛みの名前に気づいてしまえば、もう戻ることが出来ないから。





――そして見合い当日。

×××はウィルに連れられ、フィリップでも五指に入るホテルの最上階、スイートルームの扉の前に立っていた。
イザベル財団が経営するこのホテルは、もちろん5つ星ホテルとしても世界的にも広く認知されている。
世界中のVIPがフィリップ滞在時に使うホテルの、しかもスイートルーム。雑誌やテレビでしか見たことのない場所。
ノーブル城やフィリップ城とはまた違う威圧感に、×××は緊張して固まっていた。

「固くなることなんてない」
「ウィル…」

緊張を解すように、ウィルは×××に優しく微笑みかけた。

「そのワンピースもよく似合ってる」
「…本当?」

今日の衣装として用意された、シンプル・イズ・ベストを体現している美しいデザインのフォーマルワンピース。
メイド達は皆一様に口を揃えて誰が用意したのか知らないと言う。専属デザイナーの作品でもなく、王家御用達ブランドでもないらしい。
着替えを手伝ってくれたメイドも、これを着せるようにとクロードから渡されたと言うのだ。

「…行こう。イザベル女史とトマス卿が待ってる」

ウィルが×××を促すと、後ろに控えていたクロードがさっと進み出て部屋のドアを開く。一瞬だけ×××を見たのは気のせいだったか。
×××がクロードの前を横切った瞬間、ほんの少しだけ彼の視線が揺れ、深い海の底のような青さを持つ藍色の瞳にさざ波が立った。

「イザベル女史、遅くなってすみません」
「いえいえ、多忙なウィル様自らお越し頂けただけで十分ですわ」
「そう言って頂けるとありがたい」
「×××さん、お久しぶりですね」
「はい。その節は大変お世話になりました」

ウィルにエスコートされる形で部屋に入ると、イザベル女史が立ち上がって出迎えてくれた。イザベル女史は美しく、それでいて芯の強さを感じさせる女性だ。
その隣でやや遅れて立ち上がった男性。その男性こそが今回の縁談相手、トマス卿だった。

「さ、ウィル様。お掛けなさって。×××さんもどうぞ。あなたのお話も色々とお伺いしたいわ」
「あ、はい…」

自分のペースで話を進めるイザベル女史に勧められるがまま、ウィルと×××はイザベル女史に向かい合う形でソファーに腰掛けた。
いくら世界的な資産家とはいえ、一国の王子相手にここまでくだけて話せるとは…。余程懇意にしているのだろう。×××は女傑という言葉を思い出した。

「まずは×××さんの事から聞かせてもらおうかしら?留学しているんでしたわよね?故郷はどのような所なの?」
「えっと、私の母国は……」


イザベル女史に尋ねられるまま、色々と話していく×××。そこにはウィルが聞いた事のない話もちらほらと混ざっている。
歓談で盛り上がる室内。クロードは興味ないと言わんばかりに、微動たりともせずドアの前で待機していた。



――そこから小一時間ほどが経過した。

お見合いの定石に則り、×××とトマス卿を残してウィルとイザベル女史とクロードの三人は部屋を出た。
イザベル女史はスイートルームの待合い用として作られた小部屋に二人を案内すると、断りを入れて一旦席を外した。
残されたウィルとクロードの間に沈黙が走るが、それを破ったのはウィルだった。

「クロード」
「×××様が受けると言った以上、しばし様子を見守るつもりです」
「…お前はそれでいいのか?」

(まただ…)

あの時と同じ小さな痛みが、再びクロードを襲った。

「俺はお前にこの見合いをぶち壊せと言ったはずだ」
「それは…」

眉を顰め、言葉を濁すクロード。ウィルもまた、思うように動けない己に苛立ちを覚えていた。
ウィルのアイスブルーの瞳がクロードを見据える。


「本当なら自分で動きたい。だが、自由にならない身の上だからお前に頼むんだ」


――いいかクロード、これが最後通牒だ。


「……失礼します」

ウィルの心の声が聞こえたのかは、分からない。それだけ言うとクロードは部屋を出ていった。




 


title by:夜空にまたがるニルバーナ


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