ある日のフィリップ城。

ウィルはクロードから一通の書簡を受け取った。差出人の名前を確認して、中身を確認する。
時候の挨拶から始まる至って普通の手紙だが、中身を読んでいくうちにウィルがほんの少しだけ不機嫌になった。

「……×××に見合い話?」





君と始めるワールドエンド

(掻き消えぬエトワス)





「先日のパーティーで先方がいたく×××様を気に入ったそうです」

クロードの簡略すぎる説明に、ウィルのアイスブルーの瞳が苛立ちを伴って細められる。
書簡の送り主であるイザベル財団といえば、フィリップでも有数の財閥。ウィルとしても無下には扱えない相手だ。
手紙には、その代表者であるイザベル女史が自分の甥と×××の縁談を考えているので、彼女を紹介してくれないかと書かれていた。

「イザベル女史は人格者だけど、彼は……」

ウィルの言わんとする事は分かる。しかしクロードは感情を抑え込み、ただ事実のみを述べた。

「グループの中枢を担っている事には違いありません」
「…そうだな」

イザベル女史とは懇意にしているが、甥にあたる人物との面識は無く、良い噂も聞かない。
見合いの相手に選ばれた彼女は、ノーブル・ミッシェル公からお預かりした大事な客人。
それ以上にウィルの大切な友人でもあり、ウィルは彼女を妹分としても愛していた。
どこの馬の骨とは言わないが、何故面識のない男との見合いの仲人をしなければならないんだ。
理由はそれ以外にもいくつかあるのだが、それを目の前にいるクロードにぶつけるわけにもいかず。
ウィルは何かを思案するかのように視線を落とすと、きっちり五秒後に顔を上げた。

「…クロード、お前に命ずる」

畏まるクロード。彼にとって主人であるウィルの命令は絶対だ。

「この見合い、ぶっ壊してこい」


――ウィルは生まれて初めてかもしれないぐらいに理不尽な命令をクロードに下した。




「……いったい私にどうしろと…」

ウィルの執務室から出たクロードはその場に立ち止まり、天を仰いで盛大なため息をついた。
ぶっ壊すなどという低俗な言葉遣いを嗜めるべきなのか、あまりに無茶ぶりの命令を嘆くべきなのか。
法に触れなければ何をしても良いと付け加えられたものの、そう簡単に出来るものではない。
だいたい、彼女が見合いを断れば全て丸く収まるじゃないか。だが、すぐに思い直して頭を振る。

「今後の付き合いを考えると得策ではない…」

見合い相手がいかにどら息子であろうと、イザベル一族の血縁者で財団幹部である事には変わりない。
この一件が原因でスペンサー家とイザベル財団の友好関係にひびが入る事だけは避けたかった。
主人には破談にさせろと言われたが、もし彼女が自らの意志でこの縁談を受けたとしたら?
内心はどうであれ、主人が彼女の意思をぞんざいに扱うことはないだろう。

――ちくり

体の奥の奥がほんの少しだけ痛んだ。


「……まったく、馬鹿馬鹿しい。どうして私がこんな事を…」

ほんの小さな痛みを無視すると、クロードは再度大きなため息をついた。
クロードの中に、主人であるウィルの命令を遂行しないという選択肢は存在しない。

「一度、彼女にも話をしておくべきだな」

穏便に断るにしろ、ぶっ壊して破談にさせるにしろ、当事者には話をしておくべきだろう。
今回見合いをするのはクロードでもウィルでもなく、×××なのだから。
そう考えたクロードは×××の部屋に向かった。




「…ウィル様に呼ばれた?」

部屋のドアをノックしても返事がないことを不審に思ったクロードは、近くにいたメイドを捕まえて×××について尋ねた。
するとメイドはあっさり、先程ウィル様に呼ばれたと言って部屋を出て行かれましたと答えたのである。

(考えは同じだったということか…)

ウィルもクロードと同じく、×××に話だけはしておこうと思ったのだろう。そうでなければこのタイミングで彼女を呼ぶはずがない。
見合い話が来たことのみを伝え、クロードに見合いをぶっ壊せと命じたことは伏せておくのだろう。
不在の部屋の前に立っていても始まらない。とりあえずクロードはこの場を立ち去ることにした。


――その時、誰かがクロードの名前を呼んだ。


「…クロードさん?」

クロードが名前を呼ばれて振り返ると、そこには彼の頭を悩ます渦中の人物、×××が立っていた。

「あの、ウィル…様から聞きました。私にお見合いが来ているって」
「そうです。イザベル財団の有力者です。財団の名前なら、あなたも聞いたことあるでしょう?」
「…はい。先日その方とパーティーでお会いしました」

ユリはクロードに、その時イザベル女史から甥―今回の見合い相手となるトマスを紹介された事を話した。
クロードは顔色一つ変えずにその話を聞いていた。

「私、その話お受けします」



でしたらすぐに先方に連絡して日程と会場の調整を。



――普段の彼ならそう言ったはずだ。しかしクロードは、常日頃のように頭が働かなかった。


「お断わりするにしても、自分できちんと断りたいので」

言うだけ言って立ち去る彼女とは対照的に、クロードは何も言えず立ち尽くしていた。
表情こそ変わらないものの、内心はかなり動揺している。彼が動揺するなど、滅多に無い。

「…何を考えているんだ……」

その疑問に答える声は無く、クロードは自分が素に戻ったことにすら気づいていなかった。






title by:夜空にまたがるニルバーナ


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