8 無理矢理忘れなくてはならないことなど、ない。 忘れなくちゃならない思いなど、無い。 自分の気持ちと重ね合わせながら、チャンドラはつぶやいていた。 「好きなら好きでさ、別れちゃったけど……もう一度、今度はミリィちゃんから告白するとか」 「…………良いよ、そんなの……」 ――もう、終わったことなんだから―― そう続くはずだった言葉を、チャンドラの一言がかき消した。 「なんで?」 それは、ミリアリアに気持ちを伝えようとしていたチャンドラの、率直な思い。 一方彼女は目を泳がせ、考えていた。きっと今、ミリアリアの心の中には、振られた瞬間の記憶が敷き詰められていることだろう。 思い出して、苦しくなって、勇気を失う。 「……こわいよ」 目の前に現れるのが。 また、拒絶されるのが。 振られるのが。 それ以上に……たとえヨリを戻せたとしても、再び壊れてしまうんじゃないか。 ならいっそ、こんな気持ちなど忘れてしまった方が―― 「それで良いの?」 しかしチャンドラは問う。 「あいつの横に、他の女の人が居ても、嫌じゃない?」 「……………………いや」 ミリアリアは哀しくつぶやいた。 「絶対、いや……」 さっきだって、一緒に居た少女に不快感を覚えてしまった。 これは嫉妬。 哀しい嫉妬。 「じゃ、伝えなきゃ」 自分の気持ちを封じ込め、チャンドラはミリアリアの背中を押す。 「自分が今、感じてる気持ち……ほら、あそこに喫茶店あるから、入って対ディアッカ用作戦でも練ろうよ」 「……たい、ディアッカ作戦??」 「ディアッカ落とし作戦」 「…………あるのかな、そんなの」 赤くなった瞳を擦りながら、彼女は愛らしく微笑んだ。 そのすぐ側で。 「…………空気が重い」 街を練り歩くザフト三人組の中、文句を言うのはシホだった。彼女にしてみれば理不尽極まりなく重々しい空気が、その場に満ちている。 イザークと二人っきりになろうと、下手な口実付けまでして行った店先で、知らない二人組と遭遇。それはディアッカの知人で……会話は大したこと無いが、空気がピリピリして居心地が悪かった。 ――いや、あの時の方がマシかもしれない。二人と別れた後の方が、彼の不機嫌具合が手に取るように分かってしまって。 「……もしかして、彼女が例の『ミリアリア』か?」 話を振るイザークに、シホの耳がピンっと上がる。 ミリアリアと言えば、ディアッカが前に付き合っていた少女の名前。 「だったら? ……どうだってんだよ」 「他の男に取られてるぞ?」 「あー、そうみたいだなー」 肩を竦めるディアッカは、まるで他人事のようで。 ……その割に……辛そうで。 「……まっさか、お次の相手が二世とはなあ……」 呆然と紡ぐ声に、覇気は無く……うつろな瞳で、彼は辺りを眺めた。 視界の片隅に、つい先ほど別れたばかりの、ミリアリアとチャンドラの姿が見える。反対側に進んだはずなのに、どうして二人が目の前にいるのか不思議だが……それよりも不思議なのは、自分の心。 振った筈の女の子。 なのに、心が彼女を求める。 他の男が横にいることに、ひどい苛立ちを感じてしまう。 それは――嫉妬。 「……かっこわる……」 昔の彼女の現・恋人に嫉妬する自分が許せない。 近くの喫茶店に入っていく二人を目に焼き付けながら、ディアッカはその場を後にした。 |