無理矢理忘れなくてはならないことなど、ない。
忘れなくちゃならない思いなど、無い。
自分の気持ちと重ね合わせながら、チャンドラはつぶやいていた。

「好きなら好きでさ、別れちゃったけど……もう一度、今度はミリィちゃんから告白するとか」
「…………良いよ、そんなの……」


――もう、終わったことなんだから――


そう続くはずだった言葉を、チャンドラの一言がかき消した。

「なんで?」

それは、ミリアリアに気持ちを伝えようとしていたチャンドラの、率直な思い。

一方彼女は目を泳がせ、考えていた。きっと今、ミリアリアの心の中には、振られた瞬間の記憶が敷き詰められていることだろう。
思い出して、苦しくなって、勇気を失う。

「……こわいよ」

目の前に現れるのが。
また、拒絶されるのが。
振られるのが。

それ以上に……たとえヨリを戻せたとしても、再び壊れてしまうんじゃないか。


ならいっそ、こんな気持ちなど忘れてしまった方が――


「それで良いの?」

しかしチャンドラは問う。

「あいつの横に、他の女の人が居ても、嫌じゃない?」
「……………………いや」

ミリアリアは哀しくつぶやいた。

「絶対、いや……」

さっきだって、一緒に居た少女に不快感を覚えてしまった。

これは嫉妬。
哀しい嫉妬。

「じゃ、伝えなきゃ」

自分の気持ちを封じ込め、チャンドラはミリアリアの背中を押す。

「自分が今、感じてる気持ち……ほら、あそこに喫茶店あるから、入って対ディアッカ用作戦でも練ろうよ」
「……たい、ディアッカ作戦??」
「ディアッカ落とし作戦」
「…………あるのかな、そんなの」

赤くなった瞳を擦りながら、彼女は愛らしく微笑んだ。





そのすぐ側で。

「…………空気が重い」

街を練り歩くザフト三人組の中、文句を言うのはシホだった。彼女にしてみれば理不尽極まりなく重々しい空気が、その場に満ちている。

イザークと二人っきりになろうと、下手な口実付けまでして行った店先で、知らない二人組と遭遇。それはディアッカの知人で……会話は大したこと無いが、空気がピリピリして居心地が悪かった。
――いや、あの時の方がマシかもしれない。二人と別れた後の方が、彼の不機嫌具合が手に取るように分かってしまって。

「……もしかして、彼女が例の『ミリアリア』か?」

話を振るイザークに、シホの耳がピンっと上がる。
ミリアリアと言えば、ディアッカが前に付き合っていた少女の名前。

「だったら? ……どうだってんだよ」
「他の男に取られてるぞ?」
「あー、そうみたいだなー」

肩を竦めるディアッカは、まるで他人事のようで。
……その割に……辛そうで。


「……まっさか、お次の相手が二世とはなあ……」


呆然と紡ぐ声に、覇気は無く……うつろな瞳で、彼は辺りを眺めた。
視界の片隅に、つい先ほど別れたばかりの、ミリアリアとチャンドラの姿が見える。反対側に進んだはずなのに、どうして二人が目の前にいるのか不思議だが……それよりも不思議なのは、自分の心。

振った筈の女の子。
なのに、心が彼女を求める。
他の男が横にいることに、ひどい苛立ちを感じてしまう。


それは――嫉妬。


「……かっこわる……」

昔の彼女の現・恋人に嫉妬する自分が許せない。
近くの喫茶店に入っていく二人を目に焼き付けながら、ディアッカはその場を後にした。

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