もういい。
忘れてしまえ。

……忘れる?

忘れる必要がどこにある。
何とも思ってないのだから。

彼女とはもう、何の関わりも無い。だから思い出を消す必要も無い。
思い出に悩まされて、たまるものか。


と、強がったこともあった。


コペルニクスでミリアリアと鉢合わせたディアッカは、くすぶる思いを打ち消そうとし続けた。
彼女の顔が頭を過ぎるたび、思考から追い出そうとする。

女々しいな、と思う。
結局のところ、ディアッカはミリアリアに恋愛感情がもてなくなって別れた――という訳ではなかったらしい。

あの時は、続けられないと思った。
変に続けるより、終わらせた方が良いと思った。
でも……再会した時、無くなったと思っていた感情が、実は心の奥底に封じられていた事に気がついてしまって。


まだ、こんなに好きなのだと。


だが、もう取り返しはつかないのだ。彼女は既に、新たな恋人をつかまえている。
言ってどうなるものでもない。
忘れなくてはならない。

あれからずっと、ディアッカは葛藤していた。
そう、ずっと。

その日も、朝から――


「たっだいま〜。何だよ、用事って」

プラント領域での対オーブ戦がなんとか終了し、宇宙から久しぶりにプラントへ戻ったディアッカは――渋々ではあるが、生家へ赴くこととなった。
父親に呼び出されたのである。
彼は到着するなり、玄関先で出迎えたエルスマン夫人――母親をつかまえ、靴も脱がないまま、父の真意を問いただそうとした。

呼び出しなんて、初めてで。

しかし夫人は、ケロッと言い切る。

「あなた宛に、手紙が届いたのよ」
「手紙? ならこっち送ってくれよ」
「こうでもしないと、あなた、家に戻ってこないじゃない」
「…………俺が悪うございました」

反論のしようのない夫人の嫌味を受け、ディアッカは素直に家の中へと入った。
着いた先のリビングには、どっかりと父親、タッド・エルスマンも座っていて……

「で、手紙って?」
「これよ。……でもあなた、月に知り合いなんていたの?」
「月?」

手渡される封筒の消印を見れば、確かにコペルニクスから送られたことになっている。
差出人は――

「!!」

裏を見て、ディアッカ慌て、封を紐解いた。



差出人――ミリアリア・ハウ。



ディアッカはゆっくりと、一言一句、目を通す。
読み逃さないように。
彼女の思いを、しっかり受け止めるために。

その最中、タッドは背を向けたまま、意を決したように喋り始めた。

「……この頃お前は、家に寄り付こうとしない」

ザフトに入隊してから、めっきり家にいることの無くなったディアッカ。そんな彼を心配し、同時に、子供の顔を見たい――という親心から、手紙が来たのを口実に、家にまで呼び出して。

「仕事熱心も良いが、少しはこっちに顔を見せろ」

こんな感じで、ちょっとした説教をするつもりだったのだが……

「あなた……あの子、もういませんよ?」
「何?!」

呆れるように響く妻の声に振り向けば、言われた通り、その姿はどこにもない。リビングの扉が、小さく揺れているだけ。

「どこに行ったんだ!!」
「そこまでは……でも」

小脇に置かれた手紙を手に、夫人はディアッカの消えた玄関口を見て……そして便箋へと目を落とした。
可愛らしい字が連なっている。

「どうやら、女の子を連れてくるみたいですよ」
「女の子?! あいつの恋人か!!」

『女の子』という言葉に、タッドの剣幕が増す。

「……詳しいことは分かりませんけど……大分想われてるみたいですよ? あの子の方は」





――ディアッカへ
直接伝える勇気が無いので、手紙にしてみました。
私の、今の気持ちです。
受け止めてほしいなんて、我儘は言いません。
ただ、知ってほしくて。
せめて、最後まで読んでもらえると嬉しいです。





こんな書き出しから、手紙は始まっていた。

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