9 もういい。 忘れてしまえ。 ……忘れる? 忘れる必要がどこにある。 何とも思ってないのだから。 彼女とはもう、何の関わりも無い。だから思い出を消す必要も無い。 思い出に悩まされて、たまるものか。 と、強がったこともあった。 コペルニクスでミリアリアと鉢合わせたディアッカは、くすぶる思いを打ち消そうとし続けた。 彼女の顔が頭を過ぎるたび、思考から追い出そうとする。 女々しいな、と思う。 結局のところ、ディアッカはミリアリアに恋愛感情がもてなくなって別れた――という訳ではなかったらしい。 あの時は、続けられないと思った。 変に続けるより、終わらせた方が良いと思った。 でも……再会した時、無くなったと思っていた感情が、実は心の奥底に封じられていた事に気がついてしまって。 まだ、こんなに好きなのだと。 だが、もう取り返しはつかないのだ。彼女は既に、新たな恋人をつかまえている。 言ってどうなるものでもない。 忘れなくてはならない。 あれからずっと、ディアッカは葛藤していた。 そう、ずっと。 その日も、朝から―― 「たっだいま〜。何だよ、用事って」 プラント領域での対オーブ戦がなんとか終了し、宇宙から久しぶりにプラントへ戻ったディアッカは――渋々ではあるが、生家へ赴くこととなった。 父親に呼び出されたのである。 彼は到着するなり、玄関先で出迎えたエルスマン夫人――母親をつかまえ、靴も脱がないまま、父の真意を問いただそうとした。 呼び出しなんて、初めてで。 しかし夫人は、ケロッと言い切る。 「あなた宛に、手紙が届いたのよ」 「手紙? ならこっち送ってくれよ」 「こうでもしないと、あなた、家に戻ってこないじゃない」 「…………俺が悪うございました」 反論のしようのない夫人の嫌味を受け、ディアッカは素直に家の中へと入った。 着いた先のリビングには、どっかりと父親、タッド・エルスマンも座っていて…… 「で、手紙って?」 「これよ。……でもあなた、月に知り合いなんていたの?」 「月?」 手渡される封筒の消印を見れば、確かにコペルニクスから送られたことになっている。 差出人は―― 「!!」 裏を見て、ディアッカ慌て、封を紐解いた。 差出人――ミリアリア・ハウ。 ディアッカはゆっくりと、一言一句、目を通す。 読み逃さないように。 彼女の思いを、しっかり受け止めるために。 その最中、タッドは背を向けたまま、意を決したように喋り始めた。 「……この頃お前は、家に寄り付こうとしない」 ザフトに入隊してから、めっきり家にいることの無くなったディアッカ。そんな彼を心配し、同時に、子供の顔を見たい――という親心から、手紙が来たのを口実に、家にまで呼び出して。 「仕事熱心も良いが、少しはこっちに顔を見せろ」 こんな感じで、ちょっとした説教をするつもりだったのだが…… 「あなた……あの子、もういませんよ?」 「何?!」 呆れるように響く妻の声に振り向けば、言われた通り、その姿はどこにもない。リビングの扉が、小さく揺れているだけ。 「どこに行ったんだ!!」 「そこまでは……でも」 小脇に置かれた手紙を手に、夫人はディアッカの消えた玄関口を見て……そして便箋へと目を落とした。 可愛らしい字が連なっている。 「どうやら、女の子を連れてくるみたいですよ」 「女の子?! あいつの恋人か!!」 『女の子』という言葉に、タッドの剣幕が増す。 「……詳しいことは分かりませんけど……大分想われてるみたいですよ? あの子の方は」 ――ディアッカへ 直接伝える勇気が無いので、手紙にしてみました。 私の、今の気持ちです。 受け止めてほしいなんて、我儘は言いません。 ただ、知ってほしくて。 せめて、最後まで読んでもらえると嬉しいです。 こんな書き出しから、手紙は始まっていた。 |