人は死なないけどすこし暗いお話です










「貴方はやさしいポケモンなのね」

1000年に一度だけ、それは地球に降りてくる。頭についた3つの短冊。時にそれは誰にも消費されずにまた空へと帰っていく。1000年にたった一度だけ。現れるのはたった7日間。

「優しくて悲しいポケモンね」

皆があなたの短冊を欲しがる。力で、金で、権力で。1000年に一度の奇跡を求めて皆があなたを追いかける。何のために長い眠りについているのか、何のために起きるのか、いっそ永遠に眠り続けた方が幸せだろうに。

「そうしたら私みたいなトレーナーにも、きっとつかまらなかったのよ」

腕の中に納まる固い繭。人間の赤子に似た大きさのそれにそっと顔を近づける。頬にあたる鉱石はほんのりと温かくて、それが生きているのだということを感じさせた。辺りを見回らせていたガブリアスが丁度戻ってきて、異常なしとでも言うように一声鳴いた。

「ありがとう。ガブリアス・・・ほら、こっちにきてこれを触ってごらん」

繭から頬を離して、私からすこし離れたところに座ったガブリアスを呼ぶ。休憩を取りながらも油断なくあたりを見張っていたガブリアスは少し驚いたように尻尾を揺らして、おずおずとこちらに寄ってきた。許可を取るようにこちらを見る瞳に目を細めて、腕の中の繭を渡す。

「温かいでしょう。生きているのよそれは、あなたと同じ生き物なの」
「・・・・る」
「そしてね、私たちの願いをかなえてくれる」

貴方がまだ小さなフカマルで、私がまだ幼い子供だったあの時!15年も前の事だけど、私はちゃんと覚えてる。凶刃に倒れた父親と母親の有り様も、冷たくなった肌も、血の気が引いた顔も、嫌な匂いが漂う火葬場も。あれは15年前のことじゃなくて、まるで昨日のことだったかのように。

「あの時私は貴方を抱きしめて、約束したのよね」

二人とも涙で顔をぼろぼろにして、二人を生き返らせようって。
ガブリアスは覚えてる?と彼の腕の中の繭を撫でながら問いかけると、ガブリアスは低く喉を鳴らして、ゆっくりと首を縦に振った。繭を抱く腕に少し力が入って、すぐに抜ける。それがこの繭を離さないという意思表示に見えてなんだか嬉しかった。

「それが今夜叶うのよ」

繭の中には何がいる。1000年にたった一度の奇跡。たった3度の奇跡。ねがいごとポケモンのジラーチは、どんな願い事でも叶える力を持っている。どんな願い事でも。きっと、命を元に戻すことでも。

「叶わなかったら、そうね、どうしようかしら、ガブリアス」

7日間の最初の朝。夜明けが近付くとともに、ガブリアスの腕の中で少しずつ繭が透け始める。中で眠っている小さなポケモンは文献通りの姿をしていて、その特徴的な頭には本当に3つの短冊が付いていた。

「私たち、生きてきた意味がなくなってしまうわ」

未だ眠っているポケモンを起こさぬように、そっと真ん中の短冊を触る。ガブリアスの腕が少し動いて、恐らくジラーチを抱え直したのだろう。彼はとてもしんちょうなせいかくをしているから。

「そうしたら、この子、どうしてしまおうかしら」

ポケモンによって奪われた命が、ポケモンによって取り戻されなかったら、それはとっても理不尽な事なんじゃないかと私は思う。思ってしまう。だってそれだけの努力をしてきた。たくさんバトルをして、たくさんお金をつかって、ガブリアスを極限まで鍛えて、15年間ずっと、ただそれだけのために生きてきて・・・。
くい、と親指と人差し指を使って軽く短冊を摘む。固いようでやわらかい、不思議な感触を持つ短冊がぴんとまっすぐに張る。ガブリアスの腕の中のポケモンはそれに気づかずに、未だすやすやと、静かに眠り続けている。



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