日の本中を西に東に、ぐらぐらと揺らがせた戦は以外にもあっさり終わってしまった。そりゃ勝ち負けついたんだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないけど、それまであちらこちらへてんてこ舞い。その日が終わるまで東西南北駆け回って、情報やらなんやらを集めて体を酷使してた身としてはなぁんだこれで終わりかぁみたいな、それを口にしてしまえば顰蹙を買うだろうような感想が頭のなかでぐるぐる回っていた。ちなみに俺以外のほかの皆は喜んでた。

「あーあ」

頭の中がうだるような気温、そして平和だ。俺は梅雨が一番嫌いだったりする。だって大福にカビが生えてなんかよくわからないもっさりとしたものになるし、ずっと雨は降ってるし、濡れるのは大嫌い。梅雨に良い事があったためしなんてこれまで生きてきて一度もなかったようなきがする。いや、たぶん一度か二度ぐらいはあったんだろうけど、つまりそれぐらい嫌いだってことだ。

「暇だな・・・」

そう、あと、平和も嫌いだ。仕事なくなっちゃうし、なにより暇だ。
ごろんとねっ転がって、借りた宿の天井を見上げる。戦、また始まらねぇかなと独り言をつぶやいたら知っている声が聞こえた。

「なに独り言喋ってんの」
「あれぇ、佐助じゃん」
「久しぶりだね、ナマエ」

ねっ転がったままの俺を見下ろすのはちょっと前に勤めてたとこの忍びだけどちょっと偉い人的な存在で、あれから全く、いやちょっとやせたかな?って感じの、戦なんてもうないのに戦化粧を刷いたままの細めの顔をちょっとゆがめていた。きっと不機嫌なんだと思う。そんなに付き合いは長くないし、この人の考えとか全く知らんけど。

「・・・ねぇ、今、ナマエって暇してる?」
「見てわからん?」
「一応聞いてみたんだよ。なぁ、さっき言ってたのって本心か?」
「あー、うん」

聞こえちゃったから眉よせてんのかな、とおもって仕事してたときこいつに食らったげんこつの痛みを思い出して俺も眉を寄せた。あれは痛かった。後頭部が冗談みたいに腫れあがってた、きっと。ばさら者の力って強いから俺は嫌いだ。

「・・・そんならお前、戦がまたあるかもしれないっていったら、もう一度やとわれてくれるか」
「えっ」
「駄目ならいいんだ」
「いや、雇って、寧ろお願いします!!」

帰ろうと一歩後ずさった足をがしっとつかむ。うわっと声を上げて佐助は俺の額に容赦ない蹴りを入れた。一瞬脳みそが揺れたのにうなり声をあげると謝罪の言葉が降ってきて、俺は珍しいものを聞いたなとおもった。こいつは中々暴力的なくせに、あんまり人に謝らない。

「・・・ごめん」
「おう、いや、いい。もう平気・・・んで、さっき言ってたのって本当の事なの」
「まだ不確定だ。お前、真田の旦那が九度山に配流されたのは知ってるよな」
「うん」
「この前、豊臣の使者がきた」

黄金200枚と銀30貫を携えて、もう一回徳川と戦をしませんか。と来たそうだ。そりゃああの戦狂いな若様はさぞかし奮い立って・・・と思ったら案外そうでもなかったらしい。使者の話をゆっくりと聞いて、それで佐助に何を命令したかって言うと、なんでもいいから戦力を集めろって。

「へーなんか信じられない。戦のお誘いの時ってさぁ、あの人もっと騒ぐじゃん」

佐助同様、真田幸村ともそんなに長い付き合いじゃないけど、何度か見てればだいたいどんな性格かぐらい予想はつく。あの人も成長したんだよ、と言って佐助は俺に一枚の紙を渡した。書いてあることにざっと目を通して、証拠隠滅のためにすぐにちぎって飲み込む。

「あんたの情報が間違ってなかったら、こりゃあ完璧に負け戦だね」
「…………ああ」
「でもいいよ、俺を雇ってくれ。金はいらない」

そう言うと佐助はまたすまんと謝った。どうせ豊臣がくれた金子は、戦の準備に溶けて消える。金事情にそこまで詳しいわけじゃないけど、足りて余ることは無いに違いない。武器とか鎧ってのは金がかかることぐらいは知っているのだ。

それからまたいくつか話をして、佐助はまたどこかへ消えた。どうせ誰かを勧誘しにいったんだろう。それも俺みたいな、馬鹿なやつ。明らかに負けるってわかってる戦に、乗ってやるよって言う馬鹿なやつ。あいつそういうの、よく知ってるんだ。なんたって主がそうだから。それから単純に頭がいいから。

「あーあ…」

楽しみだなぁ、と両手で口元を覆って熱い息を吐く。もう一度戦がある。もう一度機会がある。もうだめだと思ってたけれど、もしかしたら叶うかもしれない。だって相手はあの徳川だ。すっげー強い奴がいっぱいいる、徳川だ。

口元に手を当てたままげほ、と咳こむと口の中に血の味が広がった。この胃の腑を侵す病に冒されたのはあの関ヶ原の戦いの少し前。

よかった。よかった。本当に良かった。こっちが負けるような戦で本当に良かった。本当はそんなこといっちゃいけないんだろうけど、俺は畳の上なんかで死にたくなかったんだ。



/